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  葬り去られた南関東ガス田発電計画 
          (世界戦略情報「みち」平成26年(2674)1月15日第396号) 

▼アニメの制作会社として設立された「スタジオゼロ」が新宿十二社(じゅうにそう)の角地に移転したのは昭和四〇年代初め。この頃にはスタジオゼロの石森章太郎、藤子不二雄、つのだじろう、赤塚不二夫といった面々はアニメ制作には参加せず漫画制作に没頭する日々を送っていた。スタジオゼロのビル一階喫茶店は漫画家と編集者の打ち合わせ場として賑わっていたが、この店には祖父がロシア人の美人占い師結城モイラや右翼団体護國團の石井一昌も出没。全員と面識がある筆者は珈琲で寛ぐどころか周囲に目を配り続けた。近くには十二社温泉という天然温泉があり、僅かな時間を盗んで湯船に身を沈め束の間の息抜きを楽しんだものだった。十二社温泉は黒色の粘り気の強い重曹塩泉。この温泉は平成二一年に閉めてしまったが、都内には数多くの天然温泉が現在も稼働中だ。浅草の観音温泉や上野池之端の六龍鉱泉等には居酒屋に繰り出す前の若いサラリーマンが大挙して押し寄せることもある。
▼都内に点在する天然温泉の殆どは塩分の強い炭酸水素泉。大田、世田谷、品川、港区界隈では黒湯と呼ばれるが、台東区の観音温泉や六龍鉱泉に限らず東京の温泉は粘り気のある黒い湯が多い。東京だけに限らず、一昔前にあった船橋ヘルスセンターや、習志野市で現在も稼働中の鷺沼温泉も真っ黒な湯だ。黒湯の正体は植物性有機物でモール泉と同質。モール泉とは湿原泉とも呼ばれ、古代植物が炭化し粘土状となった地層から湧き出す。
 東京地下鉄道建設時に地下隧道から鬼が出現、これを學天則というロボットが撃退するという話が『帝都物語』(荒俣宏)にある。勿論創り話だが、大正一四年に着工した浅草―上野間の地下掘削が大事業で、幾多の困難に直面したのは事実だ。柔粘土層の地下から噴出する温水やガスは鬼より脅威だったろう。因みに『帝都物語』に登場する學天則とは実在した東洋初のロボットで、生物学者西村真琴が制作したもの。映画では西村真琴役を実子の俳優西村晃が演じて話題を浚った。
 現在ららぽーと東京ベイがある場所にはかつて船橋ヘルスセンターという温泉レジャー施設があった。この温泉は昭和二七年の天然ガス試掘時に噴出したもので、最盛時には年間四〇〇万人が訪れる人気施設だったが、温泉と天然ガスが地盤沈下を招くという理由から昭和五二年に廃業に追いやられた。
▼平成二三年三月一一日の東日本大震災と福島原発事故の影響で夏の電力供給に赤信号が灯り、計画停電が実施され節電が叫ばれ続けた同年八月二日、東京都の猪瀬副知事が液化天然ガス発電所計画をぶち上げた。電力の地産地消を掲げ、都が所有する湾岸地域に発電所を建設しようとするものだ。「石炭や石油発電所に比べ発電効率も高く、二酸化炭素の排出量も少ない」と記者会見で猪瀬は熱く語った。これを受け、石原慎太郎知事は「東電は老朽化して効率の悪い火力発電所を再び稼働したが、二酸化炭素の排出量が多く、故障のリスクがつきまとい、地球温暖化や安定供給の面からも望ましい姿とはいえない。発電効率が高く、他の化石燃料と比べ格段に環境負荷が少ない天然ガスを燃料とする一〇〇KW級の発電所整備に向け検討する」と猪瀬案を全面支持。猪瀬は東京都が必要とするエネルギー一〇〇年分が賄えると胸を張り、ネット上には優に日本全体一〇〇年分のエネルギー埋蔵量との怪説も出たが、マスコミはこの話題には殆ど触れなかった。東京湾岸は南関東ガス田に面し、この地域には日本国内の九割の天然ガスが埋蔵される。このガス田のメタンガス濃度は九九%と異常な高数値を示すが、その原因はガス田がメタンハイドレート起源のためと考えられる。東京湾岸一帯の温泉が黒湯であることもここに起因する。千葉県内のガス田は江戸期以前から知られていたが、地盤沈下を誘引するという理由から本格的掘削は殆ど行なわれていない。湾岸のガス田の正体が何であれ、エネルギーという微妙な問題を扱えば鬼が出るか蛇が出るか分かったものではない。翌年秋には石原都知事は国政に鞍替えし、天然ガス発電計画の全ては猪瀬に委ねられた。
▼第四六回衆院総選挙(平成二四年一二月)で徳田毅議員に公職選挙法違反の可能性が疑われ始めたのは平成二五年九月一六日のこと。同月二五日の都議会自民党吉原修幹事長の天然ガス発電所プロジェクトに関する質問に対し、猪瀬知事は「電力事情は震災直後とは変化した」としたうえで老朽火力発電所の設備更新に全力を傾注し、天然ガス発電計画を撤廃すると答弁。翌二六日には同プロジェクトは中止、解散。同日猪瀬は徳州会から借用したとされる五〇〇〇万円を返金している。
 猪瀬徳洲会五〇〇〇万円問題と天然ガス発電計画に如何なる関係が存在するかと問われると、確たる答えはいま持ち合わせない。然し、猪瀬都知事辞任で天然ガス発電所計画が白紙に戻され、南関東ガス田エネルギー問題が今回もまた闇の彼方に葬り去られたことだけは紛れもない事実である。(黄不動)