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  習近平体制の「点穴」とは? 
    (世界戦略情報「みち」平成26年(2674)3月1日第399号) 

▼支那の政治で北京派と上海派の対立が話題になるが、一般社会においても北京と上海は犬猿の仲で、日本の関西、関東の対立とは比較にならぬほど啀(いが)み合い罵倒し合う。古来「南船北馬」の言葉に表わされるように、支那の南北ではあらゆる面で風土習慣が異なる。格闘技の世界にも「南拳(なんけん)北腿(ほくたい)」という言葉がある。南派拳は船上等を中心に歩幅が狭い地域で発達し力強い手技に重点を置くが、北派拳は広大な土地で生まれ、動作が大きく足技が多用されるという意味である。だが当然ながら例外も数多い。北派の代表とされる八卦掌(はっけしょう)や形意拳に足技は少なく、南派の名門蔡李(さいり)佛拳(ふっけん)は蹴り技が基本だ。
 拳法を鍛錬法から分析すると南北の差が明瞭となる。南派は空手同様に砂袋や巻藁等で拳や手刀を固く鍛え上げ、筋力を高め、物理的破壊力を求める。北派は呼吸と動作を集中・統一し「勁(けい)」の養成を主眼とする。この差は人体に対する意嚮に基づく。鍛え上げられた人体を堅牢な固体と捉え、鉄槌で打ち砕く拳を磨くのが南派。北派は人体を革袋に包まれた軟体と認識し、深奥を支える肉叢への攻撃を第一とする。それゆえに勁を圧縮し瞬間に放出する「発勁」を奥義とする。
▼「お前はもう死んでいる」――北斗神拳第六四代ケンシロウの言葉が一世を風靡したのは昭和の末期。『週刊少年ジャンプ』誌が六〇〇万部超という驚異的数字を生んだ原動力の一つとされる人気漫画『北斗の拳』(原作・武論尊/画・原哲夫)に登場した台詞である。作品では秘孔を突くことで敵の肉体を破壊するが、北派拳には現実に一撃で敵を死に追いやる打撃訣がある。その急所は秘孔ではなく「点穴」と呼ばれ、門外不出の秘伝。その攻撃法も打陰陽両不接、打気、打穴の三種に分かれ、三〇〇を超す北派でも使用法が各派異なる。原則的には、打陰陽両不接とは経絡に衝撃を与え運動能力を激減あるいは遮断し、無力化もしくは気絶させる攻撃。打気とは己と敵の呼吸を合体させ、気によって瞬時に敵を仕留める技。打穴とは急所である小さな点穴のみを打ち、死亡ないし半身不随にさせる攻撃法である。点穴として両眉外側にある太陽穴、喉にある廉泉穴、肩から脇の下に近づいた箇所にある肩(けん)貞(てい)等八ヶ所が知られている。
▼清王朝末期の一九〇〇年に起きた義和団の乱の主役は、幇の連帯で構成された秘密結社義和団とされ、その武技を義和拳と称する。義和拳は一般的には北派梅花拳の亜流と位置付けられ、宗道臣の少林拳と密接な関係にあるとされるが深部は秘匿されている。
 義和拳の形式は現在に伝わるものの、正統義和拳は継承者不在で今日これを伝える者は唯一人の日本人。その老師に点穴について訊ねると、正しく存在すると答える。一点を正確に打突すれば多くは数ヶ月以内に死亡し、運良くても脳梗塞等を発症し半身不随になるという。老師の兄弟分に台湾在住の八卦掌の名人がいる。故あって名を秘し隠居生活を送る達人で数々の伝説を持つ。曰く、彼の家には玄関がない。跳躍力に優れ二階の窓から出入りする為である。曰く、彼は身体を二分できる。分離し双方向から攻撃する。
 達人の自宅を訪ねると一階に普通の玄関があり、奥方の尻に敷かれる普通の老人が姿を現す。筆者とは台湾や大陸、日本各地を旅行した仲だが、二〇年程前に達人の頭を叩こうと思った一瞬があった。下りのエスカレーターで目の前に薬缶頭を見たとき、つい出来心が生まれたのだが、次の瞬間逆手を取られ、激痛からはすぐに解放されたが痺れはしばらく残った。前にいた達人が何時どのように逆手を取り背後に飛んだのかわからない。身体を二分できることは真実に違いない。この達人に点穴の位置を訊ねたが笑顔で遣り過ごされた。なお執拗に問うと、点穴は径五ミリ程度でこの部分のみを打つとのこと。箸を使って幼児の力で突けば数ヶ月後には冥土へ旅立つ。掌底や手刀で打ち抜けば悶絶することはあっても致命傷とは程遠いらしい。身体に五対、正中線に三ヶ所の計一三の点穴が存在すると聞いたが、それがどれ程正確かはわからない。
▼拳法に見られる人体認識の南北差は、政治や商売の世界にも通じる処がある。長江以南では物量、資金力、情報量といった数量で押し捲る雰囲気が強く、北は精神的な急所を抑えることに力点を置く。今日の習近平体制は太子党、団派、上海幇の合体で何れの色が濃いか不明だが、七人で構成される共産党中央政治局常務委員会は全員一致を以て決定される。暴走を制御するこの体制は、何も決められない常務委員会と揶揄され続けてきた。
 しかし、昨秋の三中全会で設置が決定した国家安全委員会は明確に習近平の意向であり、今春以降目に見えぬ何かが支那で蠢き始める可能性が高い。先方がわが国の点穴を何処と定めているかはわからぬが、当方も支那の秘孔を見極め狙いを付けておく必要がある。チベットか、台湾か、新疆ウイグルか。習近平が独裁権力を振える部門こそ、その「点穴」である可能性が高いと見えるのだが……。   (黄不動)