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  新還都論 Ⅳ 大和に同床共殿を!
       (世界戦略情報「みち」平成15年(2663)6月1日第163号)

●本号巻末「常夜燈」欄に「立國論に寄せて」という一文が載せてある。日本経済の再生を担うべき「経済特区」に関連して、このところ喧しい「立国論」に肝心要の中心が欠けていることを指摘したものである。
 時宜にかなうその都度その都度の対応策は、もちろん必要であろう。だが、緊急対応策をいくら積み重ねても、わが日本が国家として立つ目標は出てこない。中心を建てること、それを円と中心の比喩で語ってある。
 しからば中心を建てるとは、どういうことか。日本が国家を挙げて取り組むべき理想を建てることでなくてはならない。外国の猿真似でもなく、外国の強制に従うのでもなく、わが国自身の内からほとばしり出る理想でなくてはならない。
 ここではじめて、わが国がどういう国柄であるか、その国柄に相応しい理想とは何かが問われることになる。
●顧みれば、わが国はそもそも国の成り立ちのはじめから、この地上に「神の国」を建設しようという理想を掲げてきた。もちろん、神々の世界と人の世とは相異なる。しかし、この地上に神の世界と同じような国を造ろうというのは神々の決定されたことである。
 そのために、神の御子が人として下された。人が生きていくために必要不可欠の食糧も神のご配慮によって与えられた。そして、人となっても「私が付いているよ」ということを忘れないように、神のご加護があるように、また神国を建設するという理想を日々新たに思い起こすように、神の似姿を身近においてお祭りしなさいというご指示まで戴いている。そのうえで、「さぁー、やってみなさい」と言われているのである。
●何と懇切にして丁寧なご配慮であろうか。まるで、親が子を思うが如き配慮なのである。至れり尽くせりなのだ。それも当然といえば、当然かもしれない。この日本で国造りをするのは、他ならぬ神のわが子なのである。
「あれで苦労しやしないか、これが足りなくはないか、私の気持ちを忘れてしまうのではないか、……」
 さんざんに考え抜いたすえに、これだけは持たせたいと与えて下さったのが、「立國論に寄せて」にもいう三大神勅なのである。
 そして、大和橿原の地に初めての都が開かれたとき、神のご指示に違わない、みごとな「建国宣言」が行なわれた。
「ここまで頑張って、ようやく神の國の基礎づくりができました。これからも、天の下のつづく限り、地の果てまでも、神のご指示に従って民が幸福に暮らせるよう、神国の建設に邁進して参ります」
 これが、わが肇国の理想であり、いわゆる「八紘為宇」の御詔勅である。
●「立國論」と言うとき、この肇国の理想がすぐさま思い浮かばないところに、問題のすべてがある。わが国の精神的伝統を意図的に断ち切った占領政策はいうまでもなく、至れり尽くせりの神のご指示を、われわれがほとんど忘れ果てようとしているからである。
 それならば、あらためて思い起こせばよい。そのやり方も、ちゃんと三大神勅に指示されている。いわゆる「寶鏡同床共殿」の神勅である。
「吾(あ)が兒(みこ)、此の寶鏡(たからのかがみ)を視まさむこと、當(まさ)に吾(あれ)を視るごとくすべし。與(とも)に床(みゆか)を同じくし、殿(みあらか)を共(ひとつ)にし、以(も)て齋鏡(いはひのかがみ)と為すべし」
 このご神勅と違うことがはじまったのが、崇神天皇の時代である。つまり、それまで宮中でお祭りしていた天照大御神の御依代たる寶鏡を別の場所にお祭りすることになり、結果的にそれが伊勢神宮に祭られた。
●いま、日本という国がその持ち来たった国柄を失うか否かの亡国の危機に際して中心に建てるべき「立国」の根本は、ご神勅に指示された同床共殿をご指示通りに復活することである。それを、わが国発祥の地たる大和で、天皇陛下に行なっていただく。そのためにこそ、「祭ごと」の都を大和に還都する。このことを切に願うものである。