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 今岡十一郎「ツラン民族の文明的使命」
          (世界戦略情報「みち」平成17年(2665)1月15日第198号)

●昭和一七年一月一日発行の『ツラン民族圏』の「第九章 結語」において、今岡十一郎はツラン民族とその文化的・歴史的使命とを語っている。激動の歷史を経た六〇年以上前の認識ながら、時代状況を少しく斟酌するならば、その文明論的洞察は今日においても些かも光輝を減ずるものではない。
 今岡の洞察の核心部分は次の箇所である。

 人體において最も大切なところは心臓である如く、國家においても、國家聯合體においても同様である。しかし元来、ヨーロツパはアジアの一半島に過ぎない。民族的にも、精神的にもフジヤマからカールパート山脈までの間、すなはち、ユーラシアを貫く『ツランは一體である』のである。
 この黒土帯をつらぬく一つの血、一つの大陸における枢軸國家群の中枢こそ、ツラン民族の郷土であり、内陸アジアであり、乾燥アジアであり、中央アジアであり、トルキスタンであるのである。
 古来トルキスタンは東西交通の關門であり、また民族移動の咽喉でもあつた。また佛教の東方傳來の通過地として知られ、またマルコ・ポーロの東方旅行通過地帯としても名高く、また東西文化交渉の帝國路、いはゆるイムペリアル・ロードであり、有名な支那の絹がこの地を通つて西方ローマ帝國へ運ばれ、またギリシヤ・ローマの文化がこの地を通つて東方支那へ運ばれた。いはゆる東西交通上の要路であつたのである。
 馬や駱駝が通信交通機関であり、陸が重要なる交通路であつた時代には、トルキスタンは眞に東西交通の關門であつたのであるが、蒸気機関の發明、大洋航海の發達とともに、東西交通の重點は南方の海洋と海港に移つた。しかし、さらに新しき通信交通機関たるラジオと航空機の發達とともに、東西交通の中心は再び陸とその港オアシスへ還つて來るのではなからうか。現在われわれはヨーロツパへ行くのにも、また我が西アジアの友邦トルコへ行くのにも、またツランの盟邦ハンガリーへ行くのにも、船によつて三,四十日もかかつて達するのであるが、五年か十年の後には、おそらく航空機によつて二,三日位でゆける様になるのではなからうか。
 わが同胞の祖先、ツラン民族の偉大なる人物、アツチラ、ヂンギス・カン、チムール等は、かつて馬と陸とにより、このユーラシアの大道を東西に走り、欧亜に跨る大帝国を建設したのであるが、白人ことに北欧のノルマン民族──その血をひくアングロ・サクソン民族は、船と海とにより世界をほとんど征服し尽くしたのである。
 来たるべき我々の時代には、英雄的なわがツラン民族は、陸と空とにより、飛行機と自動車とラジオとにより再びツランの故地、祖先の文化大道を通じて、東西文明の交流を圖らなければならない。それによつて日獨伊同盟をますます緊密にし、もつて枢軸國家群の有機體化を齎すことができるばかりでなく、人類文化を驚異的に飛躍せしむることができるのである。
 しかしそれにはまづ前提として、枢軸國家群とソ聯邦とはともに、前記の如く地理的・民族的に運命共同體関係にあることを認識し、日獨伊ソ間に從來よりさらに一層の理解と緊密化が期待されねばならないことは當然のことである。(同書三七七~三七九頁)

●今岡十一郎がここで強調して述べているのは、地政学でいうところの「ハートランド」がツラン民族の故地であり、東西文明交流の要衝であったという歴史的事実を踏まえつつ、さらに、陸の時代、海の時代を経て空の時代へと突入すれば、ユーラシア大陸の中央部に位置するツラン民族の故地がふたたび脚光を浴びるであろうということである。
 植民地利権支配の覇道イデオロギーに促された地政学の「ハートランド」なる規定は、いうならばツラン民族の覚醒を妨害する意図を秘めていたともいえよう。
 現在のところ、今岡が指摘したような状況とは異なるものの、「ハートランド」すなわちツラン民族の故地が脚光を浴びるという事態がすでに部分的には訪れているように思われる。すなわち、支那包囲網の後門として、あるいは石油ほかの埋蔵天然資源の宝庫として、そしてイスラム原理主義の浸透先として、戦略的に注目されているからである。
 だが、「ツラン民族の故地」であるがゆえの、文明的な脚光はいまだ及んでいない。今岡の洞察の我々にとっての意味は、むしろ今後を睨んだものと考える方がよかろう。
●では、ツラン民族およびその故地は、どのような状況において、ふたたび脚光を浴びるようになるのか。それは、「ツラン民族の使命」と密接な関わりがある。「ツラン民族の使命」とは何か。それを今岡はどう考えていたか。それを次に見てみたい。

 ツラン民族の文化的・歴史的使命は、その居住地帯ならびにその民族性に基づき自ずから定まるのであるが、それは大體次の如きものと思はれる。
(一)ツラン民族は満洲・蒙古および支那西北邉疆に分布する関係から、政治的・軍事的には東亜の外郭における前哨として、また彼らが回教徒および喇嘛教徒といふ宗教民族である関係からして、東亜防共鐵壁の衛兵として重要なる役目を果たしつつある。
(二)ツラン民族はアジア大陸の東北より北西邉疆を席巻する関係からして、覇道侵略的ヨーロッパ勢力の東亜侵入の防波堤的役目を果たしつつある。されば、中央アジアのトルコ人らは言ふ。われらの祖先は、自己の犠牲において西欧勢力の東漸を防衛すべく闘争をつづけてきたのである。そのゆゑにこそ、東南アジア諸民族は安穏にその精神文化をよく育むことができたのである……と。
(三)ツラン民族の分布地域がユーラシア大陸にわたり、かつ、彼らが文化の運搬者たる遊牧民である関係からして、東西文明の融合渾一を助長し、ユーラシア一體化の文化的使命をもっているのである。
(四)ツラン民族の多くが、ロシアに居住する関係から、彼らを通じて日ソ間の理解提携を容易ならしむることもできれば、また彼らを利用して反ソ的方向に動かせることも必ずしも不可能ではないのである。
 我々がもしツラン民族の歷史を繙いてみるならば、数百年来彼らがいかにして白人のために壓迫され、いかにして邉陬の地へ押し退けられたかがよく分かる。ツラン同盟の多くは今もなほ主としてスラブ族の羈絆の下に呻吟してゐる。わずかに獨立國の名を擔ふものは、西においてフィンランド、ハンガリー、トルコあり、東においては友邦満洲とわが日本あるのみ。これら尊いツランの血をわかつ同族の内で、眞に無傷の光榮を擔ふものは日本だけであつて、皇國日本のツラン弟妹に対する使命たるや實に鴻大なるものがある。
 ツラニズムの運動は、ツラン民族を文化的また民族的に啓蒙することにより、彼らの間に同族意識を喚起して同族感をいよいよ鮮明にするとともに、ツラン的民族道徳の向上を圖り、そしてまた同族間における文化的相互関係を促進することによつて、經濟的関係を密接ならしめ、その血縁的・道徳的また經濟的結合の固い基礎の上に、やがては政治的組織をも建設し、この力強い連鎖と團結力をもつて明日の危機に備へ、もつてツランの復興、アジアの甦生を圖るとともに、わが大和民族の進むべき方向を明瞭ならしめようといふ啓蒙的文化的運動なのである。
 皇道は皇國日本の指導原理にして、先天の血統・自然の秩序により、血統團體中の最優位たる嫡統本宗をもつて絶対神聖の統率者とするものである。皇道はその基本において自然の社會秩序たる家族制度と関係をもつてゐる。したがつて、皇道は道義的自然法に従ふ社會統制の大原則である。ゆゑに後天的にして人為、力の強大を恃んで弱者を威圧し、苛酷なる權力と法律を定めてもつて統制の方便とする覇道主義とはまさに相對立する。また現下わが國策の基本たる防共と新秩序理念を、ヨーロツパ的自由平等主義思想に基づく東亜聯盟理念に依據せしむるよりは、むしろ家族主義道徳の上に東亜諸民族の共栄圏を建設し、ツラン・アジア的大家族體を作り、もってツラン・アジアの道義的文化圏を建設することこそ、皇國日本の聖なる使命ではなかろうか。家族制度は血による自然的社會秩序である。すなはち、それは自然道徳、いはゆる天地の公道に基づく社會秩序である。ツラニズムもまた血とその民族文化と多くの関係をもつ。すなはち、同民族間に人道の根本道義、社會の根柢をなす親心子心を本とする、いはゆる肉親兄弟主義に基づく社會秩序また國際秩序を建設し、新社會また新文明を創造して皇道的道義地帯、すなはち新秩序・新文化圏を出現せしめようとするものであるからである。
 また國策の方向としてツラニズムを擇ぶことは、同族が同族としての特別の交際をすることであつて、あたかも個人間において親類が親類として、また同郷人が同郷人として特別の交際をするのと同様である。
 またこれを文化的にみれば、邉境蒙昧民族の啓蒙運動であり、またこれを皇道世界政策上よりみれば、皇道文化の国際的進出である。
 ツラン同族の居住地たる西北邉境地方は今なほ曠野である。これを開拓して人類の地上生活をより良くより多く可能ならしめることは、文化を未開地へ運び行き、その住民をして等しく皇道文化の恵澤に浴せしめ、したがって文化宣布の大使命をも達成することができるのである。
 またツラニズムの指標を地理的また経済的立場からみるに、ツラン民族の居住地帯は日鮮満蒙の地続きであり、またわが國が躍進工業国なるに對してツラン兄弟国は農牧国である。一は原料の、他は加工品の供給者にして、両者は有無相通、互助友好、相提携して國力を昂揚し得る関係にある。ゆゑに經濟ブロツク結成上においても極めて好都合である。
 またこれを政治的にみれば、ツラン同胞の復興、その自治獨立は、第一次歐洲大戦以来の流行語たる民族自決の実踐でもあるのである。(同書三八〇~三八三頁)

●今岡十一郎が『ツラン文明圏』を上梓したのは、真珠湾攻撃によって日本が大東亜戦争に突入して一ヶ月も経たない時期であった。執筆は切迫する時代の空気の中で行なわれたのである。したがって、「東亜防共鐵璧の衛兵」とか「新秩序」などという言葉が出て来る。そうした時代の必然の部分を斟酌しながら、今岡の真意を考えてみよう。
 それは、「西洋覇道文明に対する皇道道義文明の建設」という一語に尽きよう。そして、日本が自ずからなる盟主として共に相携えて道義文明の建設に当たるべき仲間を、先天的に血統を同じくする「ツラン民族」に求めたところに今岡の発見がある。
 かつて孫文は滅満興漢の諸蜂起に失敗して亡命寄留していた日本を去るに当たり、
「日本は西洋覇道の道を歩むのか、東洋王道の道を歩むのか」
という焦燥の言辞を吐いたという。支那人である孫文は一度も支那で実現されたことのない理想を日本に託したかったのかも知れないのだが……。
 もちろん日本は西洋覇道の道を歩むものではなく、さりとて孫文が期待したように東洋王道の道を歩むものでもない。
 できることならば、今岡十一郎をして孫文に答えさせたかったものをと残念に思うのである。今岡ならば、必ずやこう答えたに相違ないからである。
「日本はツラン同胞と共に皇道道義の道を歩む」
と。そして今日においても、日本の進むべき道は、なんら変わっていないと信ずる。 
●まず、今岡の炯眼は、ツラン民族の宗教に注目している。イスラム教やラマ教である。だが、S・ハンチントンとは異なって宗教の違いを文明の對立を招く要因として捉えてはいない。むしろ、宗教や家族を否定する共産主義イデオロギーに対する「鐵璧」 になりうると考えているのだ。
 そしておそらくは、多くの日本人と同じように、宗教の違いを超えた共通の自然的道義というものがあり、宗教はこの自然的道義の表現形態として尊重するという態度が根柢にある。
 その次に、トルコの特異な運命に注目している。わざわざ「われらの祖先は、自己の犠牲において西欧勢力の東漸を防衛すべく闘争をつづけてきたのである。そのゆゑにこそ、東南アジア諸民族は安穏にその精神文化をよく育むことができたのである」というトルコ人の言葉を紹介しているのも、ツラン同胞としてその運命に共感しているからにほかならない。
 今岡は「東西文明の融合渾一」「ユーラシア一體化」を目標としているもののようであるが、西洋覇道文明はそれを阻害するものとしてはっきり認識していたのだ。トルコはその西洋覇道文明に身をもって抗したツラン同胞であると評価される。
 当時國策として推進された東亜聯盟の根本思想が「ヨーロッパ的自由平等主義思想」に基づくことを今岡は喝破していた。
 いうまでもなく、「自由平等主義思想」とは、植民地的支配によって商売を円滑ならしめるための虚言である。
 それに対して、今岡は控えめに提言する。
「家族主義道徳の上に東亜諸民族の共栄圏を建設し、ツラン・アジア的大家族體を作り、もってツラン・アジアの道義的文化圏を建設することこそ、皇國日本の聖なる使命ではなかろうか」
 ここに今岡のいう「家族主義道徳」とは、あまりに常識的な考えであって、思想の言葉として迫力や深みに欠けると思われる向きもあるかも知れない。
 だが、そういう考え自体が、今様を装った危険な「個人主義」や「自由平等主義」に毒されているといわざるをえない。
 今岡もいうように、「家族制度は血による自然的社會秩序である。すなはち、それは自然道徳、いはゆる天地の公道に基づく社會秩序である」ことは間違いない。
●今岡はまた、こうも言っている。

 皇道は皇國日本の指導原理にして、先天の血統・自然の秩序により、血統團體中の最優位たる嫡統本宗をもつて絶対神聖の統率者とするものである。皇道はその基本において自然の社會秩序たる家族制度と関係をもつてゐる。したがつて、皇道は道義的自然法に従ふ社會統制の大原則である。ゆゑに後天的にして人為、力の強大を恃んで弱者を威圧し、苛酷なる權力と法律を定めてもつて統制の方便とする覇道主義とはまさに相對立する。

 今日的な言葉でいえば、「家族主義」とは、「自然的秩序に基づく共生の原理の人間的表現形態」とでもいえば、聞こえはいいだろうか。もちろん、家族主義にもいろいろな形態があって、戦前のわが国の「家長制度」がそのまま「道義的自然法に従ふ社會統制の大原則」であるといえば、言いすぎになるだろう。
 しかし、自然の存在にはすべて秩序があり、差異があり、また同じ類的存在でも役割がある。すべて「自由」で「平等」であるなどというのは、ありえないことである。
●ツラン同盟とは、右にいう親しき者同士が親しく付き合って、自然の道義に基づく文明を建設しようという運動であった。その運動は不幸にして、啓蒙的思想運動に止まって、今岡が構想したような経済的関係にも政治的関係にも発展しなかった。
 しかしながら、いまだに血で血を洗うテロと戦争に明け暮れている人類が文明的に次のレベルに進むためには、自然に従い、自然に倣って、共生の人類文明を築くことが不可欠である。
 それを怠っているからこそ、自然の猛威や途方もない大規模の天災という形で神の警告が下されるのではなかろうか。
 人類は自ら互いに相争って類として滅びるのか、それとも自らの在り方の内に神の使命を感得して、類的な存在としてより高いレベルへと発展するのか、それが問われているように思われる。
 そして、おそらくはここ数年にわたって襲い來る未曽有の天変と地異、動乱の数々は、人類がこの危機を乗り越えられるかどうか、神が人類の運命を定めるために与え給う試練なのであろう。そのように心を決めるしか、術はないように思うのである。