みょうがの旅    索引 

                    

   ツラン魂は健在なり 1
   (世界戦略情報「みち」平成18年(2666)4月1日第225号)

●以前から注目していたのだが、なかなか紹介する機会に恵まれなかったウェブ・サイトがある。ハンガリーのフン・マジャール協会なる組織が開設した「ツランの土地と民族」(http://www.hunmagyar.org/turan/turan.html)
と題するサイト(英語およびハンガリー語)である。
 私が最初に見つけたのは、すでに二年前になるが、それからちょくちょく覗いてみると、こまめに更新を行なっていて真剣に取り組んでいる姿勢が好ましい。そして内容的にも、最近はかなり充実してきた。
 いわば家屋の玄関口にあたる表紙ページには、「ツラン民族圏へようこそ」に始まる歓迎の辞ととともに、「ツラン民族の国家と領域」と題するユーラシア大陸全域におよぶ地図が掲載されている。標題からも分かるように、ツラン民族系の国と地域を色分けして示した地図である。そこには、西にラップランドとフィンランド、カレリア、エストニアなどが見え、中央にはカザフスタンやキルギスタン、ウズベキスタンなどの国々とアルタイ、ツバ、ブリヤート、エヴェンキ、サカ(ヤクート)などの地域も示されている。
 この地図の東方には、当然ながら日本と韓国も載っているが、さらに堂々と赤く色分けされた「満洲」の名前もある。
 ツラン系の国や地域は四角の枠で囲まれていて、この枠をクリックするとさらに詳しい関連情報へ飛んでいけるようになっている。ちなみに「日本」という枠をクリックしてみると、日の丸の国旗とともに三つのウェブ・サイトが紹介されたページへ飛んだ。政府の観光機構(JNTO)、日本情報ネットワーク(JIN)および日本紹介コム(JGC)である。要するに、ホテルに置いてあるような観光案内の域を出るものではなく、なぜ日本が「ツラン系」なのか知りたいと思っている向きには大いにガッカリだろう。
「満洲」をクリックすると、こちらは詳しい。「満洲のツングース系満洲民族」と題して、アムール川(黒龍江)およびその支流域に分布するツングース系のナナイ族、ニヴヒ族、オロチ(ウルチャ)族などの民族的な特徴が紹介されている。
 この「満洲」の項では、さらに詳しい二つの地図「北満洲」と「南満州」へと飛んで行けるようになっているが、その「北満洲」の地図には「北満洲(ロシア占領下)」とあり、「南満州」の地図には「東モンゴル及び満洲の支那占領区域」と標題が付いている。
 こうした地図の説明ひとつにも、不本意ながら現在はロシアや支那に占領されているが、本来ならツラン系の民族(ツングース諸民族やモンゴル民族)に固有の領土である、との主張が込められているのである。
 それは基本的に大国の覇権によって色分けされた現在の世界地図に、異議を申し立てるということになる。「ツラン」という言葉そのものに政治的な際どい意味のあることを我々は充分に弁えておかなければならない。
●ハンガリーのフン・マジャール協会がどのような意図でこのサイトを開設しているのか、その「歓迎の辞」を見てみよう。

 ツラン民族圏へようこそ。ツラン民族とは、民族的・言語的に関係の深い次のような民族の集団である。ハンガリー民族、コーカサス地域の諸民族、ウラル諸族(フィン族および西シベリアの諸民族)そしてアルタイ系諸族(トルコ族、モンゴル族、ツングース・満洲族、朝鮮族、日本民族)。ツラン民族は広大なユーラシアの領土に固有の原住民であって、古く豊かな文化的遺産に恵まれている。
 当ウェブ・サイトはツラン系の民族と地域に関する文化と歴史その他の情報を提供する。とりわけ、ツラン民族が直面する最大の重大問題であるその文化的アイデンティティーの保護と民族自決への闘争に焦点を当てている。 有史以来ずっと、ツランの大地はよそからやってきたセム人、ペルシア人、支那人、ギリシア人、ローマ人、スラヴ人、ゲルマン民族などの異邦人たちに侵略され続けてきた。ツラン諸民族は多くの場合に集団殺戮や植民地化、強制移住あるいは民族殲滅に晒されてきたし、今もなお依然として晒されている。外国による支配は人口および文化の面で甚大なる損失を引き起こしてきたばかりでなく、ロシア(旧ソ連)や支那などの大国がツランの大地に対して行なった掠奪と汚染とは経済的・環境的に深刻な損害をもたらしてきたのである。ツラン民族はこのようなあらゆる困難に立ち向かいつつ、その独自の文化的アイデンティティー保存と権利回復の戦いを続けている。
 今日ツラン諸国家が直面する重大な脅威のひとつは、旧ソビエト圏における共産主義体制の残滓と、支那支配下のツラン領における共産主義の存続である。これら共産主義政治体制は環境的にも政治的・経済的・人口統計的・社会的そして文化的にも、重大な問題を生み出してしまったのだ。
 これに加えて多くの場合に、かつての共産主義エリートたちが国家資産民営化によって不法に得た金融資源を恣にすることで国家機関を支配する地位にしがみついているので、状況はさらに困難になっている。
 東欧・中欧および旧ソ連におけるこうした腐敗せるポスト共産主義体制、そしてアジアで生きのびている共産主義体制も同様だが、それこそが民主主義への障碍であって、この地域の人々の政治的・経済的・文化的な民族自決を妨げるものなのである。
 当ウェブ・サイトはいかなる政府や政党、政治思想、宗教、教会、営利会社およびその他の特殊権益集団によっても系列化はされていない。もっぱら当サイトは独立した学問的研究と、人権および民主主義という普遍的原理の促進とに貢献するものであり、とりわけ民族自決と伝統的固有文化の保存と環境保護に力を注ぐものである。

●心ある者よ、このツラン同胞の叫びに耳を傾けよ。これは前世紀の前半の歴史的な文献から引いてきた言葉ではない。現在ただいま、ハンガリーで挙げられている叫びなのだ。
 鉄の支配といわれたソ連共産主義支配体制下にありながら動乱の狼煙を上げて圧しつぶされたハンガリーならではの叫びと聞くべきであろう。
 とりわけ、「旧ソビエト圏における共産主義の残滓と、支那支配下における共産主義の存続」とが今日ツラン民族にとって重大な脅威であると指摘していることに注目されたい。共産主義エリートあるいは彼らに結びついたオリガルヒヤによる国家資産の簒奪は、何もロシア(旧ソ連)だけの病弊ではなく、東欧や中欧そして中央アジアの旧ソ連圏に共通する問題であることが分かる。支那においても、「改革開放」という名の下に外資を呼びこんで勢いを付けつつ、共産主義エリートたちが国富の横領・簒奪を着々と進めていることは改めて言うまでもない。
 そして何より深刻なことは、普遍性を標榜する共産主義そのものによってツラン系民族の伝統的な独自の暮らしや言語・文化が破壊されたことであろう。
 冷戦崩壊後に相当の時間を経てハンガリーに誕生したこのウェブ・サイトはツラン民族についての学問的研究に貢献し、ツラン民族の民族自決と伝統的固有文化の保存、そしてその環境の保護に力を注ぐことを謳っている。それはツラン民族が「道義」の回復を求めて上げた呱呱の声にも似た響きをもっている、と私には感じられるのである。
 共産主義は世界権力が仕掛けた世界規模の壮大な謀略であったが、表面に倫理的な脅迫を掲げることによって良心的な知識人を取りこんで走狗と化しつつ燎原の火の如く瞬く間に世界中に蔓延した。
●共産主義の本質は、ユダヤ民族がみずから有史以来苦しんできた憎悪の黙示録的終末論に普遍性の衣を着せて世界中にばらまいたという点にあり、階級史観という憎悪の永劫回帰があらゆる民族を人々を家族をズタズタに引き裂いてきた二世紀におよぶ惨劇の歴史は永遠に人類の記憶から消えることはあるまい。
 だが、実はもっとも悪辣な底意が共産主義の中にひっそりと隠されていることに気づいた者は誰もいなかった、長谷川三千子さんが『正義の喪失』(PHP研究所、一九九九年刊)で「生産」と「交通」との結びつきが人類の歴史にとっていかに異常な事態であるか指摘するまでは。
 残念ながら、おそらく我々のほとんど誰も長谷川さんの言うこの「異常さ」を実感することはできまいと思われる。それほどに常識と化してしまっているのだが、血肉のような常識と化してしまった悪魔の論理を見破るには、長谷川三千子さんのような炯眼に頼るに如くはない。
 長谷川さんは同書第四章「ボーダーレス・エコノミー批判」で、まずアダム・スミスの『国富論』から次の文章を引いている。

「それは、ヨーロッパの全商品に無尽蔵の新市場を解放することにより、新しい分業と技術の改善とをひきおこしたのであって、このことは、昔の商業の狭い範囲では、それらの生産物の大部分を吸収するほどの市場が欠如していたために、けっしておこりえなかったのである」
(同書一一二頁より孫引き)

 アダム・スミスは「アメリカの発見」について語っているのであるが、スミスの文章を解剖して、長谷川三千子さんはこう言う。

 ここで彼はたしかに「本質的変化」の、その最も本質的な部分について語つてゐる。すなはち、両大陸の間に「市場」といふ新しい種類の空間がひらけ、そこにまつたく新しい種類の動きをひきおこした、その出来事のことを語つてゐる。
 …… ── まるで、「市場」だの、市場によつて生産が刺激され、分業が発達するだのといふことは太古の昔からあつたことであり、「アメリカの発見」は、ただ少々それを拡げたにすぎない、とでも言はんばかりである。しかし実際には、それ以前に「欠如」してゐたのは、広い市場ではなかつた。「市場」と彼がここに呼ぶメカニズムそれ自体が「欠如」してゐたのである。
(同書一一二~一一三頁)

 つまり長谷川さんが言っているのは、モノはそれが生産された大地としっかり結びついていて、「交通」によって他所に運ばれることはほとんどなかったということなのである。モノが生産されれば、ただちに「交通」に委ねられて「市場」へと運ばれるということは、人類の歴史においては実に異常な事柄なのであって、人類はそれを行なってはならないと長い間にわたって戒めてきた。
 その戒めを何とか解き放とうとしたのが、アダム・スミスの『国富論』である。『国富論』と邦訳したのではいまいちピンとこないが、題名を『諸国民の富』と訳した翻訳もある。こちらの方がより分かりやすい。というのも、「ある国民の富は他の諸国民の富でもある」とするアダム・スミスの主張を簡潔に纏めているからである。それは端的にいえば、「生産」を「交通」に委ねようとしない地域へ出かけて行って、無理やり剥ぎ取るように奪ってくるという略奪行為を正当化する主張である。
 それでも、アダムスミスはまだまだ及び腰であったといえる。これがマルクスになると、人類の歩むべき当然の自然な行為であると、断定されてしまうのだ。マルクスとエンゲルスの共著である『ドイツ・イデオロギー』はこう言っている。

「交通が特殊な一階級に構成され、商業が商人によって都市の近辺以外へも拡大されるとともに、ただちに生産と交通の交互作用がおこってくる」(一五五頁)

 長谷川さんはこう喝破する。

「ただちに(sogleich)」と彼らは言ふ。まるでそれが、ほとんど自動的なプロセスであるかのやうに。
 しかし、現実の歴史に於いて、そのプロセスの進展は、決して「ただちに」おこつたのではなかつた。「ただちに」どころか、この「交通の拡大」から「生産と交通の交互作用」の発生までには、実際には数千年といふ時間がかかつてゐるのである。
 いま述べた通り、彼らが「交通の拡大」と呼ぶ現象は、すでに古代文明の時代から完全なかたちで実現してゐた。ところが、「生産と交通の交互作用」の方は、彼ら自身がこの同じ著書の中で指摘してゐる通り、近代になつて、彼らの言ふ「交通が世界交通になる」といふ変化がおこつて、はじめて見られる現象なのである。
 二人は、自らが事実として指摘してゐることを忘れ去つたかのやうに、この数千年のギャップを「ただちに」と言つてとびこえてしまふ。
 ……実はビトリアもマルクスも、ここで何ら不自然な飛躍を行つたわけではない。それどころか、彼らは、余りにも自然に歩みすぎたのである。「自然的な社会と交通」から出発し、あるいは「現実的な前提」から出発する彼らは、人類の歴史もまたすべて自然な歩みをするものと、てんから決めてかかつて、自分達がさう決めつけてゐることにすら気付かない。
 ところが実際には、「交通の拡大」といふ事態から、「生産と交通の交互作用」が始まるまでの、現実の歴史の上での数千年間といふものは、たしかに不自然にひきのばされた時間なのである。マルクスらが、それをじれつたがつて跳んでしまつたのも無理はない。もし自然にまかせておいたなら、彼らの言う通り「ただちに」おこつても決して不思議ではないそのプロセスを、現実の歴史は、いはば、あの手この手で引き延ばしつつ、数千年にわたつて不自然に「凍結」させてきたのであつた。
 この「不自然な凍結」の意味が理解できないかぎりは、征服者達のあの「新しい営み」の意味は理解しえず、「近代市場経済」なるものの異常さも理解しえない。そればかりでなく、人間の文明の歴史そのものが理解できない、と言つても言ひすぎではない。
 それはいったい何であつたのか?
 一口に言へば、この「凍結」は、「生産」と「交通」とが正面切つてぶつかり合ふことがいかに怖ろしい結果をもたらすかといふことを無意識の内に察知した、人類の叡智の結晶なのである。 (一五五~一五七頁)

●共産主義が人類にもたらした最大の惨禍は、長谷川さんの洞察をお借りして言えば、人類が数千年にわたって培つてきたこの叡智を徹底的に破壊したこと以上のものはない。
 こういう意味で改めて振り返つてみると、けだし「共産主義」とは名訳であったと感心せざるをえない。なぜなら「共同体主義」や「共同主義」と訳しても何ら不自然ではないところを、「共産主義」といって「生産」が誰のものでもないことを見事に表現しているからである。「生産」は共同のものであると主張されることによって、生産した当の人間や、生産を可能にした大地との結びつきから切り離され、ただちに「交通」に委ねられて市場へと向かうからである。
 長谷川さんはその破壊の恐ろしさを、別の言葉でこうも言っている。

 たとへば、さきほどマルクス達の指摘した、都市と農村の分離といふことも(これを彼らは、単に「廃棄(アウフヘーベン)しなければならない」対立として片付けてしまふのであるが)、もともとは、「交通」と「生産」とが正面切つてぶつかりあはないための、「文明」の作り上げた隔離装置の一つにほかならなかつた。もつぱら都市のみが遠くへの交通のになひ手となり、都市と都市とを結ぶ長距離交易の商人と、都市と農村をむすぶ交換にたづさはる商人とは、全く別ものとして区別される。──かうした形によつて、交通と生産とは、いはばそれぞれしつかりと鎖につながれて、互ひに噛み合はぬやうに保たれてゐたのである。
 ……さうした「隔離装置」は、人類の文明のそこここに於いて、目立たずひつそりと、しかし確実に機能して、「生産と交通の交互作用」のおこるのを、永年にわたつてせきとめてきたのである。
 その「凍結」を一気にうち破つて、「交通」が真正面から「生産」の中に突き入つたのが、あの征服者達(コンキスタドーレス)の「新しい営み」であつた。彼らがそれに先だつて、あのやうに激しい暴力を必要としたのも、人類の歴史の数千年にわたる凍結を一気にうち破るには、それ相応の破壊のエネルギーが必要だつたからにほかならない。それは、言葉の文字通りの意味での「新しい営み」──この地球がいまだかつて知らなかつた種類の、新しい構造をもつた営みなのであつた。
 そして、その「新しさ」といふことの意味を考へるならば、それは同時に、ただならぬ異常な事態であつた。つまり、それは、人類の文明が数千年にわたつておさへつづけてきたものの噴出であり、「おこなつてはならぬこと」がつひにおこつてしまつた、といふ出来事だつたのである。この「凍結解除」は、言ふならば、人類の文明が自己崩壊への季節に入つてゆく、その第一歩であつたと言へる。「近代市場経済」は、その第一歩とともに始まつた──いや、その第一歩そのものなのであつた。(一五八~一五九頁)

 長谷川さんは「市場」というものの登場自体が人類の自己崩壊への第一歩であると言つているが、それが一方ではさらに突き進んで「自由市場」が叫ばれ、現在では社会そのものの市場化を狙つた「開かれた社会」などという言葉すら横行して久しい。
 他方で共産主義が土地の所有権を否定し、人間と大地の結びつきを破壊したのも、「生産」と「交通」とがただちに結びつくための条件整備だったと考えれば納得がいく。
 共産主義の激越な主張に危険な匂いを感じ、また現実に共産主義政権下で人間であることを奪われて苦難に喘いだ人々は多く、また、いまだに多くの人々が共産主義という軛に繋がれて呻吟しているが、それから解放されてホッと一息つくはずの市場原理の社会こそが、実は人類の営みの根本を破壊する自己崩壊への途であつたとは、誰が想像しえたであろうか。
 人間が大地から切り離され「自由に」生きること、それはエジプトの聖都アケトアテンから集団追放されたアテン信仰の一神教徒たちがカナンの不毛の大地にしがみついて僅かな天水による灌漑農業に頼りつつ必死で生きようとしたのに、またまたバビロンへと集団捕囚されて離散と流浪と寄生の生き方を余儀なくされて以来の運命を世界的規模で他民族にも蔓延させることにほかならない。
 カナンの痩地に強制移住させられたアテン一神教徒たちがようやくユダヤ民族としてまとまりを見せはじめたとき、エルサレム神殿の建設とタルシン交易とを囁いたのが、フェニキア海岸都市国家のテュロスの王ヒラムであったことは意味が深い。
 急峻なレバノン山脈の深い渓谷が地中海に注ぐ跼蹐の地に拠って地中海交易に乗り出したフェニキア海岸の都市国家は、もともと大地との結びつきをもたない海の民であった。彼らは古代世界において例外的な営みを生業とした民族である。だが、「生産」と「交通」とが「凍結」されていればいるほど、交易は巨利を生む。テュロスの王ヒラムがユダヤの王ダヴィデに交易を唆したのも、故なしとしない。だが、固有の領土というものをもたないその存在は古代世界において、あくまで例外的であって、大地と密接に結びついた諸国家に寄生する存在であったといってもよい。
 フェニキア海岸都市国家はいずれも彼らが軽蔑したペルシアやギリシアなどの領邦国家によって滅ぼされたが、ひとりテュロスのみは今日のチュニジアの地に「新都市」=カルタゴを建設し、さらに各地に交易中継基地を形成して以前にも増した繁栄を享受した。
 ローマ人がカルタゴを「ポエニ」(紫の民)と呼んだのは故地フェニキアに由来するが、そもそもフェニキアとはその地に産する紫の高級染料からの命名である。
 ローマとカルタゴの数次に及ぶポエニ戦役によって否応なく自ら戦うことを余儀なくされたカルタゴは最後に徹底的に破壊し尽くされ、塩を撒かれて地上から姿を消したとされているが、その指導勢力はローマに潜り込んで生きのび、ある時期にヴェネツィアという名で忽然と姿を現したとするのが私の独断である。
 そのヴェネツィアの勢力がアムステルダムやロンドンさらにはニューヨークを占拠して世界権力として君臨してきた。
 彼らが例外的な存在として交易に従う限りは、どんなに巨利を博しどんなに重大な権益を握ろうと、世界システムには大した影響は及ぼさなかった。ところが、彼らがその生業たる交易を世界経済の原理と勘違いをして、数々の謀略を仕掛けては世界中に蔓延させた結果、人類はその生存のための永年の叡智を破壊されて、いまや崩壊への途をまっしぐらに顛落しつつあるのである。
●ハンガリーのフン・マジャール協会が運営するウェブ・サイトは民主主義と民族自決と環境保護とを謳っている。永らくソ連共産党の衛星国として共産主義政権下で非人間的な生活を強いられてきた国民からすれば、当然の主張であろう。だが、彼らが夢見る人権や民主主義や環境保護もまた、共産主義に代わる新たな世界謀略という面をもつ。
 一方で民族浄化を唆して集団殺戮を煽りながら、一方でその人権迫害を口実にユーゴ空爆が行なわれたことは、我々の記憶に新しいところである。
 ツラン民族の魂を奮い起こし、希望を持って進もうとしている人々に、そういう過酷な現実をあえて突きつけるには及ばない。彼らが謳う民主主義や人権や環境保護は、その本来の純粋な意味以外の何ものでもない。そこに秘められた隠された意図には、やがて彼ら自身が気づくであう。
 だが、ツラン民族の自決と連帯はそうした謀略とは無縁である。むしろ、世界権力の忌み嫌うところにほかならない。それはユーラシアの大地によって生きてきたツラン民族が、「生産」と「交通」の「凍結」という抑制に従いつつも大地に根ざして生きてきた民族の伝統をいま再び取りもどそうとする魂の叫びである。
 なぜなら、マジャール人もサーミ(フィン)人もその故地を遠く逐われながら、故郷から遙かに離れた流謫の地でさえ大地に根を下ろしてしっかりと生きてきた。さらにその異郷の地で、数々の集団殺戮や植民地化、強制移住あるいは民族殲滅に晒されてきたにもかかわらず、生き残った者たちはツランの魂を失ってはいなかったのだ。
 私は夢見る。近い将来、神々の幸いたまう天山の聖地において、ツランの子供たちが世界の各地から来たり集って道義の同盟を結ぶ日の来ることを。 (つづく)