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  相曽曽立体史観の文明論的意義 2
        (世界戦略情報「みち」平成20年(2667)12月1日第262号)


●人類の歴史を神の天地創造に始まる演繹的な展開と考えようと、あるいは最後の審判とその後に訪れる救済に向けての収斂と捉えようと、そのいずれにも共通するのは、一点からの演繹か一点への収斂かを別にすれば、およそ自然の摂理のどこにも存在しない直線的な動きによって人類の歴史を捉えようとする無理である。
 この無理の拠って来たるところは、自然と人間の営みをすべて神によって説明しようとすることにある。神への過剰な依存が救済への熱望となるし、過度の反逆が自由への逃避となった。
 こうした神の呪縛を断ち切ろうとした近代の科学は、人間も自然も単なるモノと見なすことにより、人間と神、あるいは人間と自然、さらには人間同士の相克をもたらし、人間をさまざまな分裂状況に晒すことになった。簡単にいえば、近代の科学はすべてを「~に過ぎない」と断じる還元論的な傲慢を隠しつつ、常に「部分を扱っているだけだ」との謙遜を装って、真実から遠ざかってきたといえよう。
●相曽誠治氏の「立体史観」の卓越さは、このような不毛な分裂に終止符を打ち、人間を隠された傲慢からも装われた謙遜からも連れもどして、人間の誰しもを神の子としての霊的な連続性の中に位置づけ、また自然の一部としての共生的関連性に結びつけるところにある。
 近代の大方の思想はこうした連続性や関連性を「共同幻想」や「桎梏」と見て憎悪し、個としての人間に究極の価値を見出そうとしてきたが、それもまた悪しき還元論に陥ることであったと、そろそろ気づく時が来た。
 自然の営みも人間の生理も、ほとんどの現象は繰りかえしである。だが、この繰りかえしの中に変化は静かに用意されているのだ。人間を神や自然との連続性・関連性から切り離し、一点演繹的に説明しようとした「進化論」が「突然変異」という考えを持ち出さざるを得なくなったのも、静かなる変化を見落とした知的怠慢のせいである。
●自らの浅学菲才ゆえに、相曽誠治氏の「立体史観」がもつ画期的な意義を充分に説明しきれないもどかしさに私が捕われて久しくなるが、思いをめぐらすと、「立体史観」は我々日本人がずっと続けてきた暮らしの在り方そのものではないかと気がついた。
 啻に「大嘗祭」に象徴される宮中の神事・「まつりごと」のみならず、鄙の果てまでも村々の暮らしや行事、祭や法事の仕来りの中に、「立体史観」は実践されてきたのである。
 ここまで考えてきて、今は故あって苦境にある森洋さんが日本の年中行事の本を刊行して全国の図書館に配ったその行為に込められた意図を、漸くにして汲み取ることができる。我々日本人がつい先ごろまで大切に守り続けてきた年中行事こそは、人間の霊的連続性と共生的関連性の確認の儀式であると共に、静かなる変化を爆発的に噴出させる更新の祭典でもあった。まさに「立体史観」の実踐そのものだった。
●米国の半国家的属国という軛を負わされて六十有余年、西洋近代の文明に汚染されてからはすでに一四〇年という時間が流れた。歴史も戦略も喪失したかに見えるわが国の中で、静かなる変化が連綿として続いてきた。それが天変地異として現われるのか、それとも拉致被害者の帰国や北方領土奪還として顕現するのか定かでないが、間もなく「まつりごと」として噴出することだけは確かである。(つづく)