みょうがの旅    索引 

                    

 キルギス人日本人同祖説 1
  (世界戦略情報「みち」平成20年(2668)2月1日第265号)


●パラグアイという地球の裏側にある遙かに遠い国に同志である角田儒郎が去って早くも半年が過ぎた。テッド・荒井さんに熱心に勧誘されパラグアイへの移住をついに決意したその矢先、誘ったテッドさんの方が貧民街で凶弾に倒れて帰らぬ人となったにも拘らず、故人との約束はかえって重みを増し、初志を貫徹し移住を敢行したのだった。もちろん、周囲は余りにも暴挙として止めた。親しい私なぞは、何としても止めるべきだ、黙って行かせるなんて、人として間違っているとまで言われたものである。だが、男がひとたび心に堅く決めたものを翻せと言うのも気が進まない。まして、生来の頑固一徹、真っ直ぐで曲がったことを人一倍嫌う同志に翻意を促すような言葉もない。それに何より、生死を決めるのは人の勝手ではなく天命による、との共通の認識もあった。かくて角田儒郎は遠い国に旅立ったのである。
 確かに、郵便物などは一ヶ月近くも届くのに掛かることもあり、遠い国には違いないのだが、ファックスでなら瞬時に原稿が届くし、テッドさんの跡を継いで何とかパラグアイに拠点を作ろうと頑張っている義理の息子の謙二さんが様々に手助けしてくれて、手紙もメールで届くようになった。角田の人徳はパラグアイでも健在で、すでに多くの友人知己を得て、新天地の生活を楽しんでいる様子である。
●角田が以前から講読していた雑誌・新聞の類はみち事務所経由で転送するようにしているのだが、その中の一つ、「世界日報」に面白い記事があったと切り抜きが送られてきた。同紙では、「天山山麓の親日国キルギス」という大川佳弘記者の署名記事が昨年末から始まって、その連載第二回目の記事に「語り継がれる伝説──日本人と同祖説」なるタイトルが付いている。これを読んだ角田は「天童説の証明?」と書き添え、栗本慎一郎の著書から引用された文章に傍線を引き送ってくれた。
「かつてキルギス人と日本人は、ここに住んでいた。でも、羊の肉より魚が食べたいという人々が出てきて、彼らは東に旅立った。それが日本人だ」
●記事によると、大川記者がキルギスをバスで回っている途中、イシククル湖の南岸でしばし休憩した時のことである。バスの横に車を止めたキルギス人のおじさんが近づいてきて、どこから来たのかと聞く。日本ですよと答えたら、おじさんはえらく興奮して言う。「本当に日本人か! オレは日本人に会うのは初めてだよ。な、知ってるか、キルギス人と日本人は、元は同じ民族なんだよ。オレは日本から来た君たちに会えたことが、心の底からうれしくてたまらないんだ」
 そう言ってバスに乗っていた日本人に次々と握手を求め、握手が終わると車からメロンを持ち出して切り分け、みんなに振る舞って、有無を言わさぬ勢いで、こう付け加えたのだった。
「オレは酒を飲んで少々酔っている。だからもし失礼をしているなら許してくれ。でも分かってほしい。心がとってもうれしくて、何かせずにいられないんだ──」
●この態度は只事でない。歌手の加藤登紀子もNHKのシルクロードの番組にゲストとして呼ばれ、同じような親しい態度を示され、親しい言葉を聞いたことを語っている。記者はさらに、先に引いた栗本慎一郎『シルクロードの経済人類学』からの言葉も勘案し、キルギスに伝わる「キルギス人日本人同祖説」について考えるのだ。