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  産鉄民族キルギス人 1
  (世界戦略情報「みち」平成20年(2668)3月15日第268号)


●日本人を兄弟だと見て特別に親愛の情を寄せてくれる草原の民キルギス人とはどういう民族なのだろうか。先に紹介した栗本慎一郎『シルクロードの経済人類学』は斯学の権威として白鳥庫吉(一八六五~一九四二)を高く評価している。
 栗本によれば、「さらに」という言葉は「北のシルクロードの一部からの白いという言葉から生まれ、そこから『改めて』という意味が加えられた日本語である」となるが、それは比較言語学者でもあった白鳥庫吉の研究を踏まえての発言である。このほかにも、「三世紀以降日本文化の重要な基礎要素たる語の多くがセミレチア(セミレチエ、後述)やモンゴル高原を経てユーラシアの言語から来ている」として、「スメラ」「ハク」(伯、貴族豪族の意味)「サカ」(栄えるのサカ)「ソガ」「ナラ」「ヤマト」「アスカ」「ヤマ」「テン」(天)「マホロバ」などの語を挙げている(同書三頁)。栗本のいうセミレチアこそ現在のキルギス共和国の所在するところであり、だからこそ栗本が考古学的発掘を行なっている当の地域なのである。
 栗本は言う。「日常的な語のいくつかが似ているということから相互の共通性を一方的に仮定する議論はもうたくさん」であるが、「王権や宗教および聖性などに関するものは別だ。これらは特別に重要なものであり、そこにおいて日本語と北ユーラシア諸語との共通性が大きいことは逆にあまりにも無視されてきた」と(一五頁)。
 日本語と北ユーラシア諸語の共通性を指摘したのが白鳥庫吉博士らしいのだが、いまだ浅学にして未読であるので、確認することができない。
●いま手元に、松田壽男(一九〇三~八二)の名著『古代天山の歴史地理学的研究』(増補版、昭和四五年、早稲田大学出版部刊)があるので、それを見てみる。
 同書第三部「突厥勃興史論」の中に「4・突厥と契骨」なる項目があり、『北周書』伝文によるとして、狼から生まれた伊質泥師都が夏神・冬神の娘を娶って産んだ四男の内の一人、すなわち突厥阿史那氏の祖となった訥都六設の兄弟の一人は、阿輔水と劔水の間に国を建てて「契骨」と號した、と述べている。
 松田壽男によれば、この「契骨」は唐代の史書には「結骨」「黠戞斯」と表記され、元史に「乞兒吉思」の文字で書かれる部族であって、突厥碑文に「Qrqz」と記されるキルギス族に他ならない。『史記』には匈奴の北方にあった国々の中に「堅毘」が録されていて、これがキルギスのもっとも古い漢字訳名だという。
 さて、契骨建国の地とされた地域の「阿輔水と劔水の間」を、松田壽男は「現在のシベリアのエニセイスクの南部から、サヤン山脈を越えてエニセイ河の上源地に及び、この河の三大支流として聞こえているウル=ケム・ケム=チュック(Kem-chuk)・ベイ=ケム(Bei-kem)の流域」に比定している。ところが、この地域は古来より産鉄で有名な地域だったと白鳥庫吉が論証した所である。建国の地が産鉄で有名な地域であったことは、産鉄族としてのキルギス族を語るものであろう。現在のキルギス人はその故地から遠く国を建てているが、何と! そこにも鉄に纏わる痕跡がある。同国所在の巨大な湖イシック=クル(イシク湖)は別名を「Tamurtu nor」というが、これは「鉄の海」を意味するのである。(つづく)