みょうがの旅    索引 

                    

 定住革命の先駆者となった日本 1 
       (世界戦略情報「みち」平成20年(2668)12月1日第284号) 

●わが国はなぜかくも見事に文明的に成熟を遂げたのか? 常々疑問に思うところである。実母とその愛人が自分の嬰児や幼児を折檻・虐待の末に殺害したり子供が親を焼き殺したりと悲惨な事件ばかり聞かされていると、わが国の道義も地に墜ちた、と嘆きたくもなろう。加えて昨今の金融危機の煽りを受けて、カネ、カネ、カネの話題が突出して報道される毎日では、「何が文明的に成熟だ?」と自虐史観に塗(まみ)れたくなるのも分からないではない。
 だが、「ニュース」として報道されるのは前代未聞の珍事だからこそニュースとなるのであって、世の大方の人々の起居振舞は事件があろうと無かろうと、何ら変わりはしないことを忘れまい。
 日本を訪れる多くの外国人が日本を好きになり大いに満足して帰るそうである。何が良かったかという問いに、原宿の女の子独自ファッションや秋葉原のメイドカフェを挙げる人もいるが、「日本人が親切だったから」という答がダントツの一位なのである。
●日本人自身はなかなか気づかないが、日本人の他人に対する気遣いの濃(こま)やかさは半端ではない。冠婚葬祭における御祝と御悔みはもとよりで、年賀状や暑中見舞いの書信にはじまり、御中元や御歳暮の贈答品、旅に出ればお土産を配るのも習慣となっている。昨今はこうした習慣を虚礼だとして排斥する傾向にあるが、由って来たるところを考えると、いずれも他人の厚情を稀有のこととして感謝する気持ちや、喜び悲しみを共にする厚い人情の表われなのである。そして、こういうことはごく当たり前だから事件とならないし、ニュースとして報道されることもない。
●わが日本の文明的な成熟を挙げればきりがないので一端を示すに止めるが、こうした成熟は決して一朝一夕に身についたものでないことは誰でも分かる。では、いつ頃からどのようにして成熟を成し遂げたのか、という問いに答えるのは容易ではない。
 ところが、まだ知り合って間もない亀山信夫さんが、こんな本があったよと言って下さった本の中に、ひとつの解答が書いてあった。それは、世界に先駆けて「定住革命」を成し遂げたのが日本であった、という指摘である。
 亀山さんは技術文献の翻訳を生業としながら数々のホームページを立ち上げているネットの達人で、本誌みちのホームページも本格始動に向けて亀山さんから貴重な助言を戴いている。
 その亀山さんが何気なく下さったのが『環境と文明の世界史』(洋泉社、平成一三年初版)という鼎談集である。ユダヤ経済史の第一人者で経済人類学・比較文明史の湯浅赳男、福井県水月湖の「年縞(ねんこう)」(春の白い珪藻層と秋冬の黒い粘土鉱物層とが、年輪と同じく白黒の層を一年ごとに形成したもの、一五万年にわたって間断なく堆積している)の研究で有名な環境考古学者の安田喜憲、環境学者の石弘之の三氏が環境と文明について語った本で、その中で安田喜憲氏がこう言っている。

 今までの文明観は、麦作農耕地帯で打ち立てられた概念です。新たに稲作農耕地帯で生まれた文明もあったという視点をもつ必要があるということです。さらに、縄文時代についても、一万四五〇〇年前にすでに縄文人が定住革命を成し遂げていることが重要です。三内丸山遺跡は、一万年も経っているわけですよ。(同書八四~八五頁)

 そうなのだ。三内丸山は世界に先駆けた定住革命以来すでに一万年もの長い時間をかけてじっくりと用意されたものなのだ。