みょうがの旅    索引 

                    

 鈴木利男書画展「可愛い言葉の深い歴史」に寄せて
               (世界戦略情報「みち」平成21年(2669)3月1日第289号) 

●青や黄や赤そして金色までも、色というものがこれほどまでに哀切で美しく同時に凛々しいものであることを、私は鈴木利男さんの作品によって初めて教えられた。日ごろから料理が同じ食材、同じ調味料、同じ竈(今はガス台か)を使って作ってもまったく違う味になることに不思議な気持ちを禁じえなかったのだが、画や音楽に疎い私は、色こそはそれを使う画者の境地や人柄を如実に映し出すということに漸く気づいた次第である。
 そして、鈴木さんの描き出す色は、日本の優れた芸術が共通してもっている、慎ましさや朗らかさ、高潔さと凛々しさ、無邪気さや哀切さ、そして奥行き深い抑制された気高さを静かに湛えている。
 今回鈴木さんは明治大正昭和と歌い継がれてきた童謡の世界に深く分け入って遊び楽しみ、その楽しさを独自の色と言葉によって描き出され、我々に見せて下さることになった。
●今回の書画展に向けたほぼすべての作品が出来上がったとき、鈴木さんは親しい方々を招き内覧の集いを催されたが、私まで御招待に与る栄に浴した。一枚一枚を代わる代わる壁に立てかけ拝見したのだが、その時に次第に胸の中に募りきた感情は今でも忘れることなく、何時でも甦らせることができる。
 それは今回の書画展のパンフレットに鈴木さん自身が書かれた文章の表題にある「日本人に生まれてよかった」とも表現できるし、また神の子である日本人の矜持と誇りの気持ちでもあり、私を生んでくれた母への限りない感謝の思いでもある。
●印刷されたパンフレットを拝見すると、紙幅の関係からか内覧の折に戴いた文章の冒頭が省略されている。そこにも鈴木さんの境地が遺憾なく表現されているので、ご紹介しておきたい。

”遊びをせんとや生れけむ。戯れせんとや生れけむ。
遊ぶ子どもの声聞けば、我が身さへこそ揺がるれ。”
 梁塵秘抄(平安末期)の有名な歌謡です。自由奔放さ、闊達さ、いたずら好み、それは現実を超えた、目に見えない別世界、霊界と通ずる不思議な力をもつものとされていました。そして産神(うぶがみ)の加護が七才まで続くと確信されていたのです。まさに七才までは神の子でした。

 私は思う。産神の御加護は我々が七歳を過ぎても変わりなく続いているが、その後加護を妨げる遮蔽の幕を大人は何時の間にか身に帯びてしまうのだ、と。鈴木さんの画や書に触れると、忽ちのうちに大人の業のような遮蔽物が取払われ、子供のときの直向きな無垢の気持ちが甦ってくるのである。
●もうひとつ、気づいたことがある。後白河天皇が今様の歌に没頭して夜な夜な俗塵の巷に出かけては今様の名手の歌を聴かれたという逸話についてである。万乗の君の位を継ぐべき者に相応しからざる狂気の沙汰と呆れられ、父君の鳥羽上皇も「即位の器に非ず」と慨嘆されたと言うが、若き後白河帝は今様の中に神韻を聞く稀有の耳をもっておられただけなのだ。それは神格の型示しのひとつの形であって、鈴木さんが態々引用されたのも、深い訳があってのことだったのだ。

●可愛い言葉の深い歴史
 ── 鈴木利男書画展
会期/平成二一年三月九日~一四日
会場/中央区日本橋三・八・五
    壺中居三階ホール
    〇三・三二七一・一八三五
※営団地下鉄の銀座線、東西線の日本橋駅が最寄駅