みょうがの旅    索引 

                     

   神のかたみの大和だましひ 
        (世界戦略情報「みち」平成9年(2657)4月15日第28号) 

●先月一二日の第四回「みちの会」で三橋一夫氏から大和だましい歌を二首お聞きした。一つは幕末の女志士・野村望東尼の歌で、

誰(た)が身にもありとは知らで惑(まど)ふめり 神のかたみの倭(やまと)だましひ

というもの。もう一つは、平野國臣の、

晴れくもり暫(しば)し霞のかかるとも うごかぬものは大和だましひ

という歌である。
 この二つの歌をじっくり噛みしめて味わってみると、何だか元気が沸いてくるではないか。なぜなのか、その元気が沸いてくる元を自分なりに考えてみた。
●本誌の藤原源太郎「世界情報分析」に再々説かれているように、世界権力は世界一元化支配に向けて、軍縮・戦略物資などのいわゆる覇権部門の統一管理を着々と進め、今やほぼ完成段階に近づきつつあると思われる。
 石油にせよ、稀少金属にせよ、また食糧にせよ、こうした物なしではわれわれの生活は成り立たない。ところで、世界権力がこれら戦略物資の支配をほぼ手中に収めつつあることを思うと、世界権力の正体と手口を暴き、日本再生のための文明原理を樹立するという志が、ふと萎えてくることがある。
 周りを見回しても、元気を失ったときには、ほとんどの日本人がオカネの原理に振りまわされてやたらと忙しく、素朴な人間らしさを失い果てたように思えてくる。
 とくに戦後五〇年、日本の国としての在り様はまさにメチャクチャとしか言いようがないほどの体たらくである。
 しかし、冒頭に掲げた二首の大和だましいの歌は、そうした日本人の在り様というものは、

大和だましいにちょっと霞がかかっただけなんだよ。神様から分けていただいた素朴で高貴な大和だましいは、いつでもちゃんと日本人それぞれの中に備わっているんだよ。

と教えてくれるのである。
●今年は干支でいうと丁丑の年に当たるが、この丁丑の年には人間業を越えて、世の中が大きく変わるという説がある。確かに、目には見えないが、今までの日本では考えられないような動きが静かに進行しているような気がする。
 福田和也という昭和三五年生まれの若い人が『なぜ日本人はかくも幼稚になったのか』という本を書いた。現在の日本の体たらくの原因がどこにあるかを端的に指摘した好著としてお奨めしたい本である。
 福田和也の言いたいところを私なりに纏めてみると、こうなる。

 日本人がかくも幼稚になったのは、男がいざというときに死ぬ覚悟で生きていないからだ。
ただ生きているだけの命というものが、闇雲に尊重され、それがすべての基準となって大手を振るっているが、命というものは、何のために献げるか、その命を懸ける価値の高さによって、高貴にもなれば、卑賤にもなる。

 よくぞ言ってくれた、と若き福田和也に私は感服する。
●自分自身と、世間と世界との付き合いの中で、具体的にどう生きるかは誰にとっても日々の課題であろう。そして、出来るだけ上手に生きたい、恵まれて生きたいと願うのは人の常である。だが、大人になって少し生きていれば誰しも分かるように、生きるとは困ることである。困った問題にぶつかるのだ。困難な問題にぶつかって、それをどう乗り越えていくか、その繰り返しが生きることの中味なのである。困った問題への対処に日々忙殺されながら、それでも人はふと、自分は何のために生きているのか、気になってくることがある。
 この「何のために生きるのか」ということは、誰も教えてくれない。己れの器量に従って、日々困難な問題と格闘する中で、自分自身で掴み取るしかない。自分で気づくしかないのだが、万事窮して、あるとき歴史を振り返ってみると、わが心を震撼させ感動させずにはおかないような生き方をした先人たちがいる。彼らは己れ一身の利害に拠るのではなく、進退窮したその人生の「切所」において、神国わが日本の悠久の歴史に恥じざる行為を、毅然として選択した。
 たとえば、大塩平八郎であり、吉田松陰であり、楠木正成である。
●楠木正成といえば、最近四国の真言宗のお寺の住職をなさっている長尾密乗氏から、正成の「非理法権天」という旗印がそもそも何を意味するものであったかを教えて頂いた。そこで、山岡荘八の『新太平記』を改めて読み直してみて、思うのである。正成が後醍醐天皇の「建武の中興」に懸けた理想と信念とは、けっして単なる昔の物語なのではない、と。いま数百年の歳月を経ても、それは今まさにわれわれの思い致し実行すべき姿勢であるように思う。
 それを端的にいえば、「後世を信じ、己れの短い一生を国のために尽くす」ということだ。戦後は皆「個人の幸せだけが最終的な価値」であるかのように、「個人の自由な生き方こそが人生最高の目的」であるかのように思って生きてきたが、こういう考え方は長い日本の歴史においてはごく最近の、大東亜戦争敗戦後の特異な考え方である。日本人が長い間ずっと「最終的な価値」、あるいは「人生最高の目的」と考えてきた内容はこうした戦後の考えとは異なる。日本人は「国のために尽くす」こと、この一事を人生最高の生き方としてきたのである。