みょうがの旅    索引 

                    

   黒潮と大台ヶ原の雨 
   (世界戦略情報「みち」平成21年(2629)3月15日第290号) 

●大台ヶ原に雨が降る光景を見た。と言っても、実際に現地に行って、見たわけではない。NHKが撮った映像で見たのだ。それはまさに、凄まじいの一語に尽きるほどの土砂降りである。雨粒の一つひとつも大きい。物差しを設置して雨粒がそこに落ちる瞬間を、通常のカメラの一〇〇〇倍の速度を捉える高感度カメラで撮った映像がある。何と、雨粒の大きさは二、三センチ、五百円玉ほどもある。そんな大粒の雨が一気に天から降り下ってくるのである。雨粒が繋がって長い棒のように連続的に落ちてくるので、「棒雨」(ぼうあめ)とも言うそうだ。もしも逃げそびれ、豪雨に打たれるまま立ち竦んでいたら、体温を奪われたり方向感覚を失ったりする前に、窒息死するのではないか、と見ていて怖くなった。
●先に「大和へ、そして吉野へ」と題して還都を願う気持ちを綴ったとき、神格天皇による霊峰富士の遙拝は吉野というより大峰ないしは大台ヶ原にて行なわれるのではないかと推測した。これを読んだ同志の林廣は次の集まりのとき、大峰山についての番組一本と大台ヶ原を撮った番組二本の録画を、態々一枚のDVDに編集し持ってきてくれた。そして黙ってテレビに映したのだった。「大峰や大台ヶ原について書くからには、これくらい知っておかなくては」と、無言で私を嗜めてくれたのである。何という稀有の友に私は恵まれていることか!
●林廣が用意してくれたDVDの中の番組の一つがNHKスペシャル放映の「雨の物語 ―― 大台ヶ原 日本一の大雨を撮る」だった。その映像を観て分かった。大台ヶ原の年間で五〇〇〇ミリ近い大量の雨もまた偏に熊野灘を流れる黒潮の賜であることを。
 大台ヶ原と熊野灘は相隔たることわずかに一五キロメートル。暖かい黒潮がもたらす水蒸気は大台ヶ原の断崖絶壁に阻まれ上昇気流となる。一分間にほぼ五〇〇メートルという猛スピードで上昇する濃密な水蒸気の様子は、天に駆け上る龍の姿そっくりである。こうして高度七〇〇〇メートルにも達する積乱雲が大台ヶ原の上空を覆う。その間、時間にして一〇分と少々。これはもう一気に雲が立ち上ると言ってよいだろう。その雲が「棒雨」となって大台ヶ原に降り注ぐのだ。
●大台ヶ原の雨の様子を知るにつけても、この日本列島がたぐいまれな聖地であることをますます深く実感する。そして、大台ヶ原の豪雨も日本海側の豪雪も、ともに南方より流れきたる黒潮の賜なのである。
 大台ヶ原では雨が木の枝に凍り付くことが冬の間に一度か二度くらいあるという。零度以下に冷えた雨が木の枝に触れた瞬間に氷となって纏い付くのだ。そして、雨が霽れて陽の光が射した瞬間、氷に覆われた木々の枝がいっせいに輝きわたる。これを「雨氷」(うひょう)というのだそうである。それはそれは、この世のものとも思えぬ、美しい光景である。
●北方よりの寒気と黒潮に運ばれる暖気がわが日本列島の上空で出会う。そこに大量の雨と雪が降る。豊かな水に恵まれて、「豊葦原之水穂之国」となったのだ。自然を侮ることは以ての外だが、この日本列島においては、どんなに自然が厳しくても、「意」ある者には胸襟を開いて迎え入れてくれる。大台ヶ原の自然は映像で眺める分には美しいが、そこに住むことは峻拒する。
 ところが、その大台ヶ原に住む人がいる。大台ヶ原の唯一の住人とは山の神を祀る神官の田垣内(たがいと)進一・恵美子夫妻である。その本当の役目を憶測で喋々するのは失礼であろう。