みょうがの旅    索引 

                    

  和仁將人「愛する人の為に死ぬのではない」
               (世界戦略情報「みち」平成21年(2669)4月15日第292号)

●孫崎享氏の著書である『日米同盟の正体──迷走する安全保障』の内容が頭にあったお陰で、例えば本号「世界情報分析」で俎上に載っているゲーツ国防長官のテレビ発言や北朝鮮政策担当のボズワース特別代表の記者会見発言が意味するところを万遍なく理解することができる。
 孫崎氏は著書の中で、「日本の軍事的安全保障システムの要とされる『敵地攻撃論』も『ミサイル防衛論』も実は有効ではない。米国の提案に安易に従うと、高い買物をして無用のオモチャを持つだけだ」と指摘されている。今回北朝鮮によるミサイル発射へのわが国の対応で、その指摘の正しいことが完全に実証されたことになった。
●一読して感銘を受けたので、すぐに同志飯田孝一に無理矢理に薦めたものだから、孫崎氏の本はいま手もとにない。だが、これは忘れてはならないと心に銘じた話が「はじめに」の中にあった。
 孫崎氏は防衛大学校の研究科(一般大学の修士課程に相当)の学生に質問した、

 君たちは死を覚悟する職業にある。それを自分でどう納得するのか? 愛する人の為に死ぬのか?

と。孫崎教授の問いに対する答えの一つが紹介されている。当時三等空佐だった和仁(わに)将人(まさと)氏の答えである。

 自分が大学校に入学したときには、何となく一般の大学に入るような心境で入ってきた。何の為に死ぬなんて、深く考えていない。その後愛する人(家族)の為に死ぬということかなとも思ってみた。しかし、いまは違う。自分はパイロットとして前線にいる。日々、尖閣列島の周辺で飛んでいた。仮想敵機と遭遇する。いま仮想敵が発射したら死ぬという緊張感で毎日仕事をしてきた。そのときは愛する人(家族)の為に死ぬのではないのです。日本の為です。
(同書一二~一三頁)

 この言葉は臓腑を抉る。これを聞いて「あぁ、そう」と聞き流す者がいたら、それは人ではない。日本の為にということは当然これを聞く者を含んでいる。つまり、あなたの為に死ぬ、と和仁将人氏は言っているのである。
●人が集まって暮らすとき、そこには栗原茂のいう「道義」がなくては集団が成り立たない。集団が社会となり、国ができれば、道義がますます不可欠となる。
 しかし人間もまた自然の一部であり、道義は天と人とをともに貫くものである。たとえ愛する家族がいても、道義は時に家族の愛を犠牲にすることを求める。道義はまた個人の生死を超えたところにある。それゆえに、「兵士は愛する人の為に死ぬ」というのは大衆に訴える映画の宣伝文句ではあっても、実戦に従う兵士は違う。「日本の為に死ぬ」と思って戦うのだ。
 和仁三等空佐は現実に対峙したとき、否応なくこの道義を悟った。兵士は愛する者の為に死ぬのではなく国の為に死ぬのだ、と。
●孫崎氏は「この和仁将人三等空佐の考えは特異ではない。大なり小なり大方の自衛官に共有された考えである」という。大方の自衛官が日本の為に死ぬ覚悟で任務に就いている。だが現在の日米同盟の下では、彼らを無駄死にさせる恐れが多分にある。ならば我々はどうするか。孫崎享氏は「われわれには死を賭して行動する彼らに相応しい政策を作る義務がある」と考えた。自衛官に堂々と死地に赴かせるに足る安全保障政策を作るということだ。その具体化の第一歩が本書である。だが、この非情な作業を孫崎氏一人に押しつけてすませるわけにはいかない。