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 孫崎享『情報と外交』 ─ さらば「平和国家日本」 1 
               (世界戦略情報「みち」平成21年(2669)11月1日第304号) 

●『日米同盟の正体』(講談社現代新書)を本年三月に上梓された孫崎享氏が今度はさらに踏みこんで半国家日本への訣別の書を世に問う。近刊される著書の題名は『情報と外交』(PHP研究所、一一月一日刊)となっていて至って穏やかであるが、二百三十+余頁の本書には、冷厳なる米国への隷従状態にありながら独立国家、平和国家との幻想に浸りきっている現在の日本を何としても覚醒させずにはおくものかという強い意志が漲っている。
 ただ、語り口はあくまで静かである。だが、著書の題名に『情報と外交』と名づけられた孫崎氏の意図を推し量ると、本書に強い意志が秘められているのも首肯できる。というのも、孫崎氏の生涯は「情報と外交」の分野における公務に捧げられた一生だったからだ。いわば本書は、外交官・情報官として生涯を貫いてこられた孫崎氏の日本人すべてに向けた「公務報告書」ともいうべき性格をもっている。
●一面において本書は、無念の書でもある。なぜなら、孫崎氏が公務に従事していた時期は、そして現在もそうであるが、「外交」も「情報」も実は大枠として必要とされない時代だからである。貴重な情報を得て上に上げようとして握りつぶされる話が本書には随所に出てくる。自身にもそういう体験が必ずあるに相違ないと思われるが、それは書かれていない。恨み言は微塵もない。もっとも、守るべき国益があって初めて外交も情報も必要となると言って、それを生涯の専門とした孫崎氏が自ら問う場面がある。日本に守るべき国益はあるのか、と。
 ただし、孫崎氏にとっては、それはもとより問うまでもない自明のことであることが分かる。常に当事者であり続ける者にとって、たとえ最悪の状況にあっても、では次に何を為すべきかが問題であって、恨み節に浸る余裕はない。本書に感じられる孫崎氏の姿勢は、ルバング島にあって最後の仲間が死んだとき直ちに、仲間がいる利点と弱点、一人になった利点と弱点とを計算し、一人で戦いつつ任務を遂行する方策を練ったという小野田寛郎さんの姿勢とまったく同じである。
●本来の外交活動も情報活動も禁じられている外務省を眺めて、われわれは「害務省」ではないかと散々悪態を吐(つ)いてきたが、孫崎氏と御縁が出来て、その著書に触れる機会をもつと、聊か考えを改めなくてはと思うようになった。いつもニコニコと笑顔を絶やさず事実を組み立ててひとたび論を為せば、なぜそうならざるをえないかを懇切に説いて止まない温厚篤実なその人柄を私は知っている。害務省の中にもこのような方があったかと感慨を深くしてきたのである。
●本書で「守るべき国益はあるのか」と孫崎氏は問う。「もとより、ある」と私は答えよう。そこで、外交も情報も必要となる。街行く若者にアンケートして「あなたは日本に守るべき国益があると思いますか」と聞くと大多数の若者が「さぁ、分かりません。無いんじゃないですか」と答えましたというのは、マスコミ流の誤魔化しである。本誌創刊の頃、われわれは「楚三戸」の決意を自らに課した。米国に隷従し支那に諂う(へつら)わが日本を必ずや本来の姿に戻さんとの意志である。孫崎氏の姿を見ると、「楚三戸」と覚悟していたのに、実は「楚四戸」だったかという感がある。本書は「孫崎ドクトリン」とも称すべき、外交と情報に関する一〇原則を述べた日本再生の書である。