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 文明の転換期 ─ 欺瞞の終焉に向けて 1 
            (世界戦略情報「みち」平成21年(2669)12月15日第307号) 

●本号の安西稿「お金の本質」において、現代の日本にも蔓延している拝金主義の本質が、歪んだ「直線的時間意識」に冒された病理であるとする卓見が示されている。この病的な時間意識の最たるものが終末論に怯えるユダヤ思想の「線分的時間意識」であることも安西は夙(つと)に指摘しているが、本号ではこの病理の拠って来たる経緯が見事に説明されている。すなわち、人間がこの病的な時間意識に冒されるには「共同体そのものの自然からの疎外があった」とし、然る後に「共同体からの諸個人の疎外」があるというのである。換言すれば、まず「時間への疎外」があり、その上に「時間からの疎外」があったとも説明している。日常であまり使わない「疎外」などという哲学用語(?)が出てくるので少々分かりづらいが、けだし現代文明の病巣を剔抉(てっけつ)する卓見であると讃えたい。
●しかも、失われて久しい健全な時間感覚を語らせるに、「人民主権」なる概念の考案者にして、自由主義・民主主義の父とも讃えられる高名なジャン=ジャック・ルソーを起用するとは、心憎いばかりの算段と感心するほかはない。実はルソーがスイスの時計職人の子として生まれ、年上の男爵夫人の若き愛人として薫陶を受けたせいか否か知らないが、露出狂であるとともに加虐・嗜虐両方の極度の性的倒錯者であり、白痴女を虐待しては次々に妊娠させ、子どもが出来るとボロ屑のように捨てて顧みなかったことを考え合わせると、安西の皮肉はますます効いてくるのだ。すでに少年のとき女を強姦しようとして逮捕された犯罪歴もあるというから、ルソーは天性の性格破綻者にして性的倒錯者だったのである。そんな気狂いの提唱による「人民主権」、「自由」や「民主主義」などという戯言(たわごと)に今では世界中が振りまわされている。
●自然から切り離され自然を敵とする人間社会(共同体)、そしてその人間社会から切り離されて寄る辺なく彷徨う個人としての人間に、「時は金なり」と吹き込み、ついには人間の生命時間が金銭と等価であると脅迫する。これがユダヤ・キリスト教文明に基づく、西洋近代思想の中核たる資本主義思想(お金)の本質であると、安西は看破したのである。
 白人に対する基準と非白人に対する基準が異なる米国の二重基準(ダブルスタンダード)に憤り、弾劾して止まない角田の論考も貴重であるが、安西の精緻な論考に接すると、病める時間意識に魂の髄まで冒されてしまった西洋文明の欺瞞には、むしろ憐憫の情を禁じえないものがある。
 だが、しばし待て。他人の病を哀れむ余裕など、われわれにはないことをつい忘れていた。われわれ日本人自身もまた、ユダヤ・キリスト教文明に基づく西洋近代文明の病理に深く冒されているではないか。
●光格天皇の型示しに始まったわが国近代の政体変革は自然の猛威に対する日本なりの危機管理対応であったが、一方において西洋近代の文明的欺瞞に絡め取られる過程でもあった。いま、地球温暖化説や「環境に優しい狂騒」は従来の文明的欺瞞の延長に過ぎないが、八〇年あるいは一二〇年、さらには七〇〇〇年の周期で訪れる地球規模の自然の変動期にわれわれが際会していることは間違いない。西洋流文明的欺瞞に付き合っている暇はわれわれにはないのだ。その欺瞞はすでに方々で破綻して神通力を失っている。安西が日本文明の「中今」の叡智をどのように釈(と)くのか、大いに期待したい。(つづく)