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 孫崎享『日本人のための戦略的思考入門』を読む 
               (世界戦略情報「みち」平成22年(2670)9月15日発行第323号) 

●画期的な本が出た。孫崎享氏の著書『日本人のための戦略的思考入門──日米同盟を超えて』(祥伝社新書、平成二二年九月一〇日刊)である。これは絶賛に価する労作である。
 副題に掲げられた「日米同盟を超えて」をあえて無視すれば、欧米人の得意とする戦略に日本人がまんまと欺される醜態を例に挙げながら、日本人に決定的に欠落している「戦略的思考」の必要性を大所高所から託宣する入門書と誤解されるかも知れない。だが、本書はそうした類書とは決定的に異なる。なぜなら、本書は「相手をやっつける」や「相手より優位に立つ」ための戦略論の終焉を宣言しているからである。つまり、今後の世界では「相手をやっつける」や「相手より優位に立つ」ための戦略では不備が生じ、却って自分自身をも危うくすることがあると言うのである。戦略とは「相手をやっつける」とか、「相手より優位に立つ」ための用意周到であると思っていた向きには信じがたい思いがすることであろう。しからば、孫崎氏の言う真の戦略とは何か?
 それが本書の冒頭、第一章(二一頁)に簡潔に書いてある。

 私は、これまで「相手より優位に立つ」「相手をやっつける」戦略は自国の利益につながるわけではないという漠然とした考えを持ちながら、体系化できなかった。そうした中で「ゲームの理論」に出会った。そして、「相手より優位に立つ」や「相手をやっつける」という考えでなく、「相手の動きに応じ、自分に最適な道を選択する」という考えで臨むことが、自らに最大の利益をもたらすことを確信した。

 これは従来の戦略論が他者の殲滅や無化を目指し自らの犠牲を顧みないという大きな欠点を抱えながらも、利益競争を原理とする現実の前に常に必要とされてきたのに対し、新しい戦略論は共存を前提とする利益競争というまったく新しい地平へと飛躍したことの高らかな宣言であると言えるだろう。
●我田引水ではあるが、本誌があえて「世界戦略情報」という大仰なる副題を冠してきたその秘かな願いに、孫崎氏は見事にも簡潔に定義を下された感がある。
 フェニキア=カルタゴに始まりローマを経てヴェネツィアに再生し、後にアムステルダムに留まってから、ロンドンのシティーを司令塔とし米国ニューヨークにも拠点を置く世界権力すなわち世界商業覇権集団による謀略の数々に翻弄されるわが日本を何とかしたいとの想いから創刊した本誌みちの目的は、まさに「相手の動きに応じ、自分に最適な道を選択する」ことにあった。
 競争を前提とする国際場裡にあって、わが日本の拠って立つ柱とは何か、日本の進むべき「みち」とは何であるか、それを明らかにすることを自らに課したのである。「みち」を誌名とする所以である。
●西欧文明を牽引してきた征服衝動は世界には常にその征服・開拓を俟っている新天地があるとする過てる野蛮な文明観から発したものである。彼らにとっては新天地とみえる土地には、常に先住者が独自の文明を築いて住んでいたことは、独善的なその文明観には何ら問題とはならなかった。
 しかし、もはや世界には新天地は存在しない。否でも応でも共存するしかないのだ。かかる現実に、戦いに勝つことを目的とした「戦略」が変身を余儀なくされることは必然である。それを炯眼にも洞察して、他者の殲滅や無化を目的としない新たな戦略を提示したのが、孫崎享氏の労作である本書なのである。