みょうがの旅    索引 

                      

 孫崎享「戦争を回避する九つの平和的手段」 
               (世界戦略情報「みち」平成23年(2671)6月1日第339号) 

●東日本大震災と福島原発放射能汚染というダブルパンチに見舞われ苦難に喘いでいるわが国の窮状に付け入るかのように、北方領土も南方の尖閣列島や竹島も危うくなっている。領土問題のこじれから戦火を交える事態に至る例は歴史上で枚挙に遑がないほどで、それだけ領土問題はデリケートなのである。にもかかわらず、ロシア大統領による北方領土の「視察」も支那漁船による尖閣近海への領海侵犯ももはや政府にもマスコミにも忘れ去られたかの感がある。「それどころではない」というのが本音だろうが、どっこい、それでは国を保てない。国家としては災害の緊急対策を実行することと百年の計を一刻たりとも忽せにしないこととを同時並行して行なわなければならないのだ。
●「国家百年の計」などというと大仰に聞こえるかも知れないが、必ず将来に禍根を遺すような愚かな行為ばかりが目立つ政治の現状を見て、危機感を抱いた外交の専門家がいる。孫崎享氏の近著『日本の国境問題 ── 尖閣・竹島・北方領土』(ちくま新書九〇五、五月一〇日刊)は、領土問題から戦争に発展する危険を避けるためあらゆる努力を尽くせと、その具体的な提言を行なった憂国の書である。日本の領土紛争に在日米軍は絶対に出動しないこと、またわが国が独自に軍事的解決を図る能力を保有しないことを冷静に見つめたうえで、孫崎氏は日本にとって国境問題を解決するには平和的な解決方法しか選択肢がないことを確認し、平和的解決を図る手段として次の九つをまとめている。

①相手の主張を知り、自分の言い分との間で各々がどれだけ客観的に言い分があるかを理解
 し、不要な摩擦は避ける。
②紛争を避けるための具体的な取決を行なう。
③国際司法裁判所に提訴するなど解決にできるだけ第三者を介入させる。
④緊密な「多角的相互依存関係」を構築する。
⑤「国連の原則」を全面に出していく。
⑥日中間で軍事力を使わないことを共通の原則とし、それをしばしば言及することにより、お互
 いに遵守の気運を醸成する。
⑦係争地の周辺で、紛争を招きやすい事業につき、紛争を未然に防ぐメカニズムを作る。
⑧現在の世代で解決できないものは、実質的に棚上げし、併せて棚上げ期間は双方がこの問
 題の解決のために武力を利用しないことを約束する。
⑨係争になりそうな場合、いくつかの要素に分割し、各々個別に解決策を見いだす。
(同書二二二~二三〇頁)

●提言の一つひとつを見ると、日ごろの地味な努力を要する課題ばかりだ。つまり、領土問題の解決に起死回生の妙案などはない、ということだ。
 この現実をよくよく踏まえたうえで、「武力紛争に持ち込まないという意識を持ちつつ、各々の分野で協力を推進することが、平和維持の担保になる」と孫崎氏は説く。ここでもっとも警戒すべきは、領土問題にナショナリズムを結びつけて大衆を煽動する政治家の出現だ、とも孫崎氏は警告している。耳の痛い向きもあることだろう。だが、こういう冷静な意見こそ、われわれは大切にしなければならない。日本人が言挙げしなくても永く胸に温めてきた「競わず、争わず」という国是を孫崎享氏は領土問題において再認識させてくれているのだから。