みょうがの旅    索引 

                      

  亡命した黄書記の悲願
    (世界戦略情報「みち」平成9年(2657)7月1日第33号) 

●安西正鷹氏が南北朝鮮の新聞雑誌から編訳する『朝鮮半島情勢を読む』の第十五号が刊行された。同誌はほぼ毎月一冊ずつ刊行され、有志の渇を癒やす恰好の資料となっている。貴重な労作にわれわれも裨益されるところが大きい。本誌が不定期ではあるが、『現代史マル秘資料』と題して朝鮮関係の現代資料を掲載できるのも、安西氏の尽力の賜物である。『朝鮮半島情勢を読む』は平成八年(皇紀2656)の第一号以来、すでに一年以上続いている。御希望の方には弊会を通じて頒布できる。
●さて、『朝鮮半島情勢を読む』の第十五号は、北朝鮮の『労働新聞』の本年四月二六日~二八日号の記事の翻訳一八頁と、韓国の四月二二日付の『朝鮮日報』に掲載され、その後『自由新聞』(五月三日号)史上に転載された黄長燁(ファンジャンヨブ)書記の手記全文の翻訳一四頁から構成されている。安西氏は黄長燁手記が掲載された『自由新聞』を、朝鮮半島三十八度線に近い鰲頭山(ゴドウサン)統一展望台を本年五月に訪れた際に入手したとのこと。まことに「誠心至れば、天佑神助あり」を実証するような話である。
●黄長燁書記の亡命をめぐっては、さまざまな勢力がそれぞれの思惑を込めて暗躍した。全体の筋書きを書き、南北対立および中韓離間を演出しようとしたCIA、連絡の下働きをした統一教会、日本での亡命を阻止して支那に恩を売った韓国安企部、日本亡命阻止に加担した朝鮮総連、北朝鮮との関係整理のための決定的情報を棚牡丹的に入手した支那、亡命事件をおのれの政治生命の延命に利用して黄書記との信義を裏切った金泳三大統領など、朝鮮半島に関わるあらゆる勢力が渡り合い、まさに鎬(しのぎ)を削るような諜報合戦を演じたのであった。このような亡命劇中にあってただひとり日本だけは、東京の京王プラザホテルでの亡命を打診してきた黄長燁の希望に一顧だに与えず、「窮鳥、懐に入る」というべき事態にも、相も変わらず「我関せず焉」の事勿れ主義で終始し、無能・無残な国家体質を改めて内外に印象づけた。
●とまれ、関係者のっさまざまな意図や思惑は別にして、黄長燁書記が亡命のおよそ半年前(一九九六年八月二三日)に用意して韓国に与えたとされる「朝鮮問題」手記全文を読めば、黄書記の亡命が分断された民族の統一を願う憂国愛民の至情に発したものであることがよく分かる。黄書記が亡命という非常手段に訴えた真意は、事件当初に臆測されたような攪乱工作や秘密取引にあるのではなく、余命幾ばくもない一身を以て、アジア協調と南北統一の捨石たらんとするにあった。
●黄長燁は言う。

 北側の体制は社会主義でも民主主義でもなく、徹底した個人独裁という点で邦建専制主義の現代版であり、軍国主義と個人独裁を基本的特徴とする。

 北側の体制は破綻し、経済は麻痺状態に陥っており、人民はボロを纏って飢えている。だが、北側の体制が容易に崩壊するだろうと考えるのは誤算である。北は鎖国政策を実施し専制主義的統治基盤を強化してきたからである。全国を要塞化して全人民が武装できるよう組織しており、核兵器・化学兵器・ロケット兵器で南を焦土化することができる。北は南側をただ占領して統一しようというのではない。南側を敵と見做し、すっかり抹殺する方法で統一を成し遂げようとしているのだ。
●黄書記は「朝鮮民族の統一は、南が政治的・軍事的にいっそうの強化を図って北を弱体化させ、崩壊させた後に統一するよりほかなく、そのためには日本との同盟を強化し、中国とも連携を密接にせよ」と訴えている。こうした黄書記の悲願に応え、隣国の統一のために支援を惜しまない日本人は多い。欠けているのは、信念ある指導者だけだ。