みょうがの旅    索引 

                     

  尖閣諸島政府賃借の責を問う 
       (世界戦略情報「みち」平成23年(2671)8月1日第343号) 

●尖閣諸島を護る民と弄ぶ臣
今ここに一通の土地登記謄本がある。甲区の所有権に関する事項には、登記の目的に所有権移転とあり、受付年月日は昭和五三年四月二五日、原因は同日売買で所有者は埼玉県大宮市寿能町一丁目六五番地・栗原國起とある。乙区の事項に記載されるのは、賃借権設定を目的とし、平成一四年四月一日設定その賃借権者を総務省とし、現在に至るも毎年同日の設定で記載賃料を支払うことが明記されている。これら当該の所在地は石垣市字登野城魚釣島二三九二番のほか、南小島・北小島・久場島など同人の所有とされ、大正島は財務省所有とされている。
 さて何ゆえ本件を世に開示するかであるが、尖閣諸島に関する問題は多種多様の事案を多く抱え込んでおり、その話題性は戦略的あるいは戦術的にアナウンスされ、その度に騒ぎ立てるパフォーマンスは稚拙で修正が必要だからだ。
 日本の無政府状態も今さらながら、公金に群がる臣(おみ)も徴税が乏しくなり、民(たみ)の預金簒奪(さんだつ)にも万策が尽きたかの観あり、畜生経済の行く末も風前の灯火ゆえ、小賢しい理屈を信じない民が克己自立に目覚めるようになった。その克己自立を明らかに見せるのは津波被災者の日常生活であるが、それは津波に呑まれた精霊の後押しとともに、その民と神通力を交わす万世一系天皇制あっての成果である。
 反する臣は民に撒き餌を投げる振りで延命を謀ろうとし、その政治的パフォーマンスを以て様々なアナウンスをするが、近年は尖閣諸島に係る象徴的な無知蒙昧の言が世間を行き交っている。例えば、戦後の民主化促進にハリウッド・レビューは大きな役割を果たし、わが国も太陽族スターというカリスマ性を心地よく受け容れてきたが、そのスターの兄は弟のカリスマ性に乗じて圧倒的な票を集める政治家となり、最近も産経新聞で尖閣問題に持論を述べている。それは臣が弄ぶ尖閣諸島を護る民の公を知らないまま、その民が関知しない情報に触れつつ、自我に酔う愛国ごっこを唱えたというので、軽輩に興味はないが読むことにした。
 全文一部の摘み食いは恥ずべき行為なので所見は控えるが、昔日の自伝を開陳し尖閣問題を唱える文中に卑しい臣の習性が滲み出ており、その自伝に絡む個人情報の扱い方は醜悪な作家が使う言で看過できない。愛国ごっこに戯れる臣が何を云おうと筆者に些かの感興も生じないが、本文も訴えるように事は重大なので間抜けは埋める必要があり、また正すべきところは正しておかなければならない。
 いわく「かつて尖閣を所有していた沖縄在住の未亡人から、いかなる所存でかあの島々を買い取った埼玉県大宮在住の栗原一族が、中国から依頼されて数十億の価格である島を売るつもりがあるらしいなどという風聞を伝えられた」と記したあと、「私はかかる風聞を信じないし、耳を傾けたくもない」と打ち消しを装いつつ、風聞はある国会議員からもたらされたと述べている。
 これら手合いは臣の生活習慣病で今は認知症と呼んでいるが、埼玉県大宮在住の栗原一族と明記の一方で、国会議員すなわち公人とされる臣の名は伏せられており、個人情報の扱い方は支離滅裂の要介護レベルというほかなく、それが都知事とは慈悲の念を禁じようもない。
 現在この魚釣島に上陸許可を求める臣が確たる認識もないまま増えており、日本政府の原則は不許可の方針と伝わるが、その理由は統帥権の後ろめたさと、尖閣諸島を弄ぶ臣で成る無気力状態が裏付けになっている。国外勢力は無断上陸も辞さないし、相当の圧力を加えようし、尖閣諸島を護る民に対応など不可能もきわまる。
 問題は何ゆえ護る力がない民が所有権売買に応じたのか、何ゆえ日本政府との賃貸借契約に応じたのか、抑も何ゆえ尖閣諸島の土地が私有地だったのか、これらを知らないままに、民の公を日常的に脅かす勢力が増していることを、どれだけの大言壮語が識っているのだろうか。
 昨今、上陸許可申請を行なったとされる一つに石垣市長のものがあり、目的は魚釣島で疎開船遭難事件の慰霊祭を計画しているとし、昭和の大戦時に米軍機の爆撃で沈んだ疎開船二隻の死没者を慰めるため、その遺族の高齢化に伴い無為なる時は見過ごせないというもの。

●靖国の英霊と平成の精霊
 漁業監視船「漁政201」と呼ばれる支那の軍船があり、魚釣島の北西約三一キロの接続水域境界付近を頻繁に航行しており、第11管区海上保安本部=那覇は日本の領海内へ入らないよう警告するが、軍船は「魚釣島の周辺海域は中国の管轄それは正当な業務」との応答で日本政府の無気力に乗じる始末が続いている。
 元航空幕僚長が会長を務める団体は「集団操業を目的に八重山漁協所属船に同行し、尖閣諸島周辺の海域で一本釣りや潜水漁業など行ない、その映像を世界に配信そして日本の領土・領海であることを証明し、また島への上陸は行なわない」とのアナウンスをしている。
 さらに超党派の国政会派が絶滅危惧種に指定の「センカクモグラ」を守るといい、固有種の現状を把握するため、尖閣諸島の上陸調査を国に求める方針を明らかにしたとされる。どうあれ、昭和の終戦記念日が近づくと、公金に群がる臣は夢見が悪くなるがゆえ、沖縄そして広島と長崎では公を装いつつ、靖国参拝では公人が私人に化け幽霊と同様に涼を求めようとし、論外は靖国の英霊謝意も思い浮ばないまま、国籍不明の畜生よろしく駈けまわり、外遊=外憂と内遊=内憂に呆けては要介護レベルが上昇し、平成の精霊も戦没者遺骨と同じ運命にさらされている。
 ここに歴史を説く余白はないため略記とするが、いわゆるバブルと呼ぶ市場概念に金満日本が玉砕するまでは、日本の国土開発は荘園制が遺伝子に染み込んでおり、そのポテンシャルの蓄えは繰り返し訪れる難局を乗り切る力になっていた。尖閣諸島の開墾も同様の趣旨により、在地領主立花家の命で九州古賀家が心血傾注の任を果たし、前記四島の土壌整備を達成、その農産物あるいは海産物加工品を納税したり、交易の要衝拠点として海外と結ぶ地の利は大いなる価値を供給していた。むろん地球生命を組成したサンゴ礁は自然界最大の恵みであり、絶滅種と思しき動植物も少なからず、油田発掘に狂うバカげた政治抗争などは論外、その筋とは意が異なるのである。
 さて中略に許しを請うとして、幕末維新の大政奉還で変革なると、前記四島の所有権も政府の管理下に置かれるようになったが、昭和七年その所有権が旧に復する形で古賀家の当代に払い下げられることとなり、それは押しつけともとれる強引さで行なわれた。
 蒸し暑い夏が訪れると、民の公は沖縄そして広島と長崎の鎮魂に黙しつつ、靖国の英霊による後押しで克己自立の誓いを新たにするが、今夏に加わるのは平成の精霊ゆえ、もはや日本列島全体が鎮魂これに尽くし、克己自立に励まざるを得ないチャンスを迎えている。
 時が過ぎようとも、相が変わろうとも、公を継ぐ過去と未来の連続性は揺らぎなし、古賀家と栗原家が民の公で結ばれた縁もまた神の計らいであり、神が嫌なら彼岸の仏が結ぶ縁、これを臣が弄ぶなど以ての外というほかない。日本政府に公があるとするなら、政治と結ぶ神社本庁に公があるとするなら、過去と未来の連続性を推して知るべし、尖閣諸島へ再び杜の都を蘇らせるのに何の不都合が生じるというのか。
 再び謄本に戻ると、公金を弄ぶ臣が民の公に投ずる賃借料は、いま約二千万円超の額が毎年四月一日の設定で支払われるとあり、それは賃貸人が請求したとき支払うとあるため、実際に請求しているかどうかは判明していないし、金員の授受があったとしても賃貸人の使途が公か私かも判明していない。単年度会計法で成る税制下ゆえ、本契約が毎年ごとに更新するのは肯けるが、当初の賃借権設定は平成一四年一〇月三日の受付で権利の発生は同年四月一日と設定あるため、時効とはいえ後ろめたさは消えないだろう。
 そして登記と実際の間に何ら後ろめたさがないとしても、賃借料に値するだけの土地利用に関する説明責任は如何様に成り立つというのか。前記の愛国ごっこが記す言がたとえ風聞だとしても、それは臣の発するアナウンスだから、どんな屁理屈を弄んでみても、自らの認知症レベルを自ら吐露するだけで、別記情報もおよそ目糞が鼻糞を嗤うの域を脱しない。
 而して本号のみ巻頭言の場を借りることを思い立つや編集子の快諾を得た。その寛容に感謝しつつ殉死の英霊と殉難の精霊に深く鎮魂の祈りを捧げる次第である。