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 原発によって齎されるはずの明るい未来 
            (世界戦略情報「みち」平成23年(2671)10月15日第347号) 

●「原発」を日本に導入するに当たって旗振役を務めた読売新聞の掲げたスローガンは、「唯一の被爆国」であることを逆手に取った倒錯の論理に基づいていた。

「原子力」も人類の叡智によって発見された文明の一大快挙であり、一時は大量虐殺兵器として誤って利用されもしたが、それを平和的に利用すれば、人類には無限の発展が未来に約束されている……。唯一の被曝国として原爆の惨禍に見舞われた日本は「原子力」の悪の側面を身をもって経験しているがゆえに、その平和的利用では人類に率先して邁進すべきである……。

 この倒錯した論理の底には、「原発」によって齎されるはずの明るい未来への展望によって反原爆運動を潰すという意図も秘められていた。
 読売によって日本中にばらまかれた倒錯の論理の実質的考案者ともいうべき柴田秀利は『戦後マスコミ回遊記』(中央公論社、一九八五年一二月刊)の中でこう書いている。民間では初となる日本テレビの立ち上げ資金として一〇〇〇万ドルを米国から貰った際の感想である。

 一〇〇〇万ドル、当時の換算で四〇億円という小切手を手にして、私はまさに幸せの絶頂にあった。テレビの全国ネットワークばかりか、世界最高の通信革命を起こし、エレクトロニクス技術をもとに、国の再建ができる。その上に、やがては原子力の平和利用によって、石油の一滴も出ない国に無限のエネルギー源を生み出させることもできる。夢はどんどんふくらんで、とどまるところを知らなかった。

 柴田秀利が一〇〇〇万ドルの借款のために米国に出発したのは昭和二八年三月二四日である。前年四月二八日にサンフランシスコ平和条約が発効して日本が形ばかりの独立を達成してからまだ一年も経っていない時期である。柴田の手放しの喜びようにケチを付けるつもりは毛頭ないのだが、「石油の一滴も出ない国に無限のエネルギーを生み出させる」というのがまったくのペテンであったことをわれわれは知らなければならない。
●何事も大勢に身を任せて自然の流れにはあえて逆らわないのが、日本人に染みついた習性のようである。だから柴田の甘言と読売のスローガンを誰もが信じた。その結果が現在もまだ何時収まるとも分からない福島原発の今回の大惨事である。
「原子力の平和利用」とは本号常夜燈にも書かれている「世界金融危機」や「地球温暖化」「環境問題対応」などと同様に、世界権力が持てる力を総動員して世界的規模で仕掛けている謀略=世界戦略にほかならない。
 それを自ら迎合しようという魂胆など毛頭なく、頭から信じこんでしまうのが、悲しいかな、われわれ日本人の救いがたいお目出度さ加減なのである。
 この悲しい性(さが)を自らよくよく認識して克服しない限り、日本は世界権力によって好いように操られ喰いものにされた果てに、問題児として世界中の非難を一身に浴びるという身に覚えのない難題に、繰り返し繰り返し見舞われることを免れないだろう。
 明治維新、日清日露戦役、大東亜戦争敗北、石油危機、金融危機……と、日本は何度となく仕掛けられた対日謀略を辛うじて凌いではきた。だがその果てに、日本人の美質と謳われた貯蓄性向は雲散霧消し、世界的食糧危機が叫ばれる中で「賞味期限」「消費期限」だのと大騒ぎを演じつつ、三〇〇〇万五〇〇〇万人分の食糧をドブに捨てている。何という情けない事態であろうか!