みょうがの旅    索引 

                      

  TPP参加は更なる亡国の道である 
           (世界戦略情報「みち」平成23年(2671)11月1日第348号) 

●わが国に原発が何十基もあって国民に塗炭の苦難を強いる元凶となっていることに対しては腹に据えかねる憤りがある。言うべきことは山ほどあって、とても数度の本欄では言い尽くせないのではあるが、今回は今世上に喧しいTPP協定(環太平洋戦略的経済連携協定、環太平洋連携協定とも)について一言。
 この対日謀略の最新版とも言うべき要求について、もっとも上策は無視することである。つまり、交渉のテーブルに就かないことだ。すると、わが国に対しては「自由貿易を妨害する野蛮な国」などと罵詈雑言の嵐が降りかかり、実質的な対日経済制裁なども発動されようが、万が一にもこの協定に参加して蒙るであろう奴隷国状態に比べれば、何ほどのことはない。
 TPPを字義通りの「経済連携」のための協定であるなどと、夢にも憶測してはならない。そもそもアダム・スミスが『国富論』で提唱した「自由貿易」の歴史を少しでも繙けば、英米にとっての自由貿易は他国にとって不自由貿易であり、英米にとっての国富の増大が他国にとって植民地化と亡国への道であるという歴史的な事実は消しようがあるまい。フェニキア=カルタゴ、そしてヴェネツィアの末裔たちに簒奪された英米にとって国家とは商売の道具なのであって、政府要人を始めとして政治が商売のために奉仕することは当然なのであるが、われわれ日本人にとっての国民の安寧を最大の国是とする国家観とは根本的に異なるのだ。
●一〇六六年に「ノルマン人征服」によって武力的に簒奪された英国は一六八八年から翌年にかけてヴェネツィア党による政治的纂奪によって外国元首の乗っ取りを許した。歴史はこれを、「名誉革命」と称しているが、英国民にとっては不名誉極まりない事態で、国家的恥辱以外の何物でもない。
 かくして武力的にも政治的にも地ならしを終えた最期の総仕上げが、一六九四年のイングランド銀行創設だった。これにより経済的纂奪の最後の楔を打ちこまれた英国は、纂奪勢力のヴェネツィア党が海外へと雄飛するための拠点として静かなる収奪に甘んじるだけの哀れなる国家と化したのである。
●殷鑑遠からずというが、英国の歴史は単なる外国の過去の物語ではない。戦後だけを顧みても、日本が経済的に立ち直ってからというもの、米国との経済摩擦には間断の遑もない。しかもそれは単に経済問題に止まらず、常に戦争に近い様相を呈してきたのである。対日繊維交渉、東芝ココム違反事件、自動車貿易摩擦、スーパー三〇一条事件、日米保険協議、日米通商摩擦……などなど。
●今ここに、「TPP協定交渉の分野別状況」なる本年一〇月発行の文書がある。わが国の内閣官房以下外務省、財務省、農水省など一四の関連省庁が「交渉国との協議等を通じて収集した情報をもとに、協力・調整して作製した」とする文書である。
 その六一頁から六三頁には「15.投資」なる部分があるが、投資家と投資受け入れ国の間で紛争が起こった場合、投資家が当該案件を国際仲裁に付託できる手続きの導入が重要な論点になっている、と解説がある。つまり、「投資家」に対する国家としての規制を撤廃し、やりたい放題の野放しにするという規則を設けるというのである。この一事を以てしても、「自由貿易」の前には国家の存在こそが障碍であるという「投資家」の本音が露呈している。わが国を「投資家」による纂奪に委ねてよいのか?