みょうがの旅    索引 

                      

  二・二六事件と近衛上奏文 1 
      (世界戦略情報「みち」平成23年(2671)12月1日第350号) 

●良書に出逢ったので、原発狂想曲の弾劾を中断し、これを緊急に紹介したい。山口富永(ひさなが)さんという方が書かれた『近衛上奏文と皇道派』(国民新聞社、平成二二年一一月刊)である。
 昭和一一年二月二六日に勃発した所謂「二・二六事件」は、その後の日本が全面戦争へと雪崩れ込んでいく方向を決定した歴史の一大転換点であったことに異論はあるまいが、ではこの事件はなにゆえに起こったのか、と考え始めると、次から次へと疑問が湧いてくる。
 わが軍の中でももっとも良質な兵士たちが、わが国においてはあるべからざる「革命」へと蹶起したのはなぜなのか、どんな歴史書も納得のいく説明をしてくれない。それは、喉に突き刺さった太い魚の骨のように痛みを伴いつつ解決を求めて止まない問題なのである。
●ベン・アミ・シロニー(一九三七年ポーランド生まれ)というユダヤ人の日本研究家がいる。ヘブライ大学名誉教授で日本学が専門、特に二・二六事件の研究で知られ、日本で出版された著書も多く、何度も来日して親日家としても著名である。
 ある時、この人が「二・二六はわれわれが起こしたのですよ」と語ったと知人の鈴木利男さんが教えて下さった。ユダヤ人がわが国の下士官を使嗾したなどとは普通なら荒唐無稽の戯言(たわごと)と一顧だにしないのだが、妙に記憶に残っている。シローニーの言葉にある「われわれ」を世界権力と考えれば、聞き捨てならない豪語とも受けとれるからである。
●山口富永氏の著書に出逢って初めて永年の疑問がようやく解けた気がする。いわば「虚史」を説く者たちの言に誑かされていたからである。
 虚史の中で最たるものは、「とうとうやったか。お前たちの心はヨオックわかっとる」と青年将校たちを激励したとされている真崎甚三郎の言葉である。真っ赤な嘘とは、このことである。
 事件当日に陸相官邸へと向かう真崎大将の車に同乗していた金子桂憲兵の証言に拠れば、「何という馬鹿なことをやったのだ」と真崎大将は叱りつけたのであった。金子憲兵は真崎の言葉を上司たる大谷敬二郎憲兵隊長に報告したが、そこで握りつぶされて、むしろまったく逆の言葉が捏造され歴史となったのである。
●例えばNHK御用達の澤地久枝は、

 己の黒い野心に煽られ、血気の青年将校の耳に毒を吹き込み、資金の調達に一役買い二十六日には、とうとうやったか。お前たちの心はヨオックわかっとる、と陸軍大臣官邸に現れた軍事参議官陸軍大将真崎甚三郎……。

と決めつけて公共放送を使って虚史を垂れ流している。また、田中角栄追い落としに功あった立花隆は「真崎は天皇に平気でウソをついている」として「やがて真崎は教育総監になるが、統制派勢力によってその首が恣意的に切られたあたりから、軍内部の皇道派vs統制派の激しい政争がはじまり、それが結局二・二六事件のきっかけになる。そのとき、天皇は真崎の首を切る書類に喜んでサインした」と天皇を持ち出してまで真崎を断罪する。
●山口富永氏は二・二六事件直後の一七歳の時から真崎甚三郎大将に親炙して大将の人となりを熟知しているが、巷間に溢れる虚史のあまりの出鱈目さに憤り、事実によって虚史を正すことを自らに課して奮闘してこられた。本書は国民新聞に二九回にわたり連載された文章を纏めたもの。山口氏によれば、防衛大学校の校長を務めた猪木正道が「グロテスク」と切って捨てた近衛上奏文の陰の助言者は、真崎甚三郎大将であったというのだ。