十二支族考 索引 

                      

 突厥・ハザール興亡史論 2 選民から神の選民へ
        (世界戦略情報「みち」皇紀2672(平成24)年2月15日第354号)


●エジプトから追放されたユダヤ人
 神によって選ばれた民であることを自称するユダヤ人たちはその民族名を、「エル」(神)と「イスラー」(競う)者であると解釈して(創世記32・28)、自ら「イスラエル」民族と称してきた。
 だが、先に述べたように、フランスのトロアに生まれてモーセ五書およびタルムード両方に精細な注釈を施した中世の大注釈家ラシ(ラビ・シュロモ・イツハキ、一〇四〇〜一一〇五)によれば、イスラエルとは「種々雑多な人々、改宗した民族の集合体」であるとされている。すなわち、先祖伝来の宗教に従うことを鑑とした古代社会にあって彼らイスラエルは、容易に信仰する神を変える軽佻浮薄の徒であって、依るべき祖国を自ら放棄した国際的な根無し草と見なされたのである。ここ古代エジプトのアケトアテンの地こそが、コスモポリタン誕生の地であったのだ。
 ユダヤ聖典解釈の基礎を打ち立てたとして尊敬されるユダヤ教の大碩学であるラシの注釈に従えば、神に選ばれた特別の民であるユダヤ人に神自身によってカナンの地を中心にナイルからユフラテ(ユーフラテス)までの広大な領土を与えられたのだと称しユダヤ人の源郷たる国家のイスラエルを建設したことが、いかに無理難題をあえてゴリ押しした暴挙であったかが、はっきり分かるのである。
 それは当該地における多民族による永年の伝統的生活実態も歴史的な事実もまったく無視する、独善的な選民思想による一方的な横暴であった。もとより、領土争奪が係争地の人々の暮らしを踏み躙るのは常のことであって、稀有の才覚と統率力により従来の歴史的な事実にない新たな支配を樹立することは建国創業者の英雄的勲功とも讃えられる。だが、イスラエルの場合は自ら武力によって建国したのではなく、米英に寄生して、これを暗々裡に使嗾することによって、いわば無から有を生ぜしめたのだ。
 そして、ユダヤ人たちが掲げたその建国の大義たるや、神がその選民に対して与えた約束という根拠しかないのである。その神とはユダヤ人たちだけが独占的に奉じる神であって、排他的な嫉妬深い神だと彼ら自身称するのであるから、他民族にとってはまったく与り知らぬ神である。その神が約束したのだとユダヤ人が言い募っても、他の人々にとっては「それがどうした」と言って済ませばそれでよいはずの、たわごとにすぎなかった。ところが、ユダヤ人の源郷たる国家イスラエルは現実に建国された。ユダヤ人の永年の夢が実現したのである。
 常識的に言うならば、それは古今に未曽有の暴挙であるが、これを謀略というならば、それはかつてなかったほどの「見事な」謀略というほかないのではある。
 だが、見事なまでの謀略を縦に(ほしいまま)して建国したイスラエルという国家が今や亡国の淵に瀕している。四年前の統計だが、人口七〇〇万人あまり(世界第九九位)、GDPでは二〇〇〇億ドル(世界第五〇位)という小規模国家の運命がどうなろうと世界の大勢に影響はないはずだが、現実にはそうでない。
 世界中で総人口が一三〇〇万人とも一四〇〇万人ともいわれるユダヤ人のうち、イスラエルに在住する人口が約五三〇万人、米国にほぼ同数の人口がいるとされ、欧州各国に数十万人単位で在住するほか、両米大陸にもアジアにもユダヤ人のいない所はないと言われるほど、世界中に散らばって住んでいる。その世界中のユダヤ人が集ってイスラエルに住んだとしても、総人口からするとカンボジアとザンビアの間くらいで、小規模国家であることに変わりはない。
 だが、ごく少数のユダヤ人が世界の富と利権の大半を握って世界各国の政治経済を牛耳り、彼等の絶大な支援を受けて建国されたイスラエル国家は大富豪ユダヤ人による世界戦略の隠蓑として利用活用されているという現実がある。だから、イスラエルという国家の存続は単なる小規模国家の問題ではなく、世界中の大勢に影響を与える火種となりうる。
 さて、聖都アケトアテンにおいて、イスラエル(アテン一神教に改宗した種々雑多な民族からなる人々)たちは大預言者たるアクエンアテン王の庇護の下で恵み深いアテン神の光線に浴し、さながら楽園にあるかのような幸福を満喫していたが、今や神父アイは自らファラオとなり、エジプト疲弊の元凶となっているイスラエルと、あくまでアテン信仰を捨てない王族神官たちの国外追放を決意した。
 当初より、アテン一神教の信者には二種類の人々がいたのだ。エジプトの王族に属する神官たちと、その他大勢の種々雑多な人々である。彼らは共にエジプトから追放された。
 アイ王によって彼らの国外退去を監督するように護送を委ねられたのが、二人の軍司令官である。前軍司令官のホルエムヘブ(アイ王の下で宰相)と現軍総司令官ラメスウであった。この軍人二人が「出エジプト記」においてユダヤ人を指導するアロンとモーセとして描かれている。つまり、ユダヤ人のエジプト追放を監督した二人の将軍のうち、ホルエムヘブがアロンとなり、ラメスウがモーセとしてユダヤ伝承では歪曲されている。そして、彼らは二人とも後にファラオに就任している。高齢のため在位わずか四年ほどで死去したアイ王の跡を継いでホルエムヘブ(在位紀前一三二六〜一二九九)が王に即位するが、アイの娘ムトネジメトと結婚し王位継承資格を得たものの、その三〇年にわたる治世の間に嗣子を儲けることができなかったため、彼が新王国第一八王朝に幕を引く最後の王となる。
 その跡をラメウス将軍(ホルエムヘブ時代に宰相)が継承するが、彼は第一九王朝と区分される新時代を開き、その初代の王ラメセス一世(在位紀前一二九九〜九七)となるも、その治世はやはり高齢であったのでごく短い。
 アイ王の後継者である彼らが、特にホルエムヘブ王がエジプトの歴史から一神教の誕生とその短い黄金時代たるアマルナ宗教改革時代の一切の痕跡を抹消した張本人である。エジプト歴代の王の名前を列記した「王名表」からは、アメンヘテプ四世(アクエンアテン)よりアイに至る新王国第一八王朝四代の王名が削られて消えている。すなわち、アメンヘテプ三世の次にホルエムヘブがファラオとなったかのように王名表が改竄されているのである。

●国外追放された賎民から神の選民へ
 これはイスラエルたちにとって重要な意味をもった。つまり有り体に言えば、彼らを産んだ親が育てることを拒否したばかりか地の果てに彼らを捨てて、剰えわが子の誕生記録自体を抹消するということを行なったのである。これではまるで、堕ちる所まで堕ちてしまった現代日本の子殺し事件や子供遺棄事件さながらではないか。
 だが逆に言えば、出生記録まで抹消されたイスラエルたちにしてみれば、自らの出自を勝手に創作できるという無制限の自由を得たことを意味する。いかに粉飾しようとバレる心配はないのである。かくて、カナンの地に流刑となったのち漸く国家の態を為すに至ったダビデおよびソロモンの時代にはまだエジプトの威光を尊重する旧習から抜けきっていなかったが、バビロンに強制連行された後は、故郷エジプトへの思慕はむしろ害となり、生き延びるためには郷愁を忘れ果てることこそが得策となった。
 ユダヤ人の伝承において、なにゆえにカルデアの町ウルが父祖アブラムの故郷とされたのかの背景には、一神教誕生の地として間違ってもエジプトを持ち出すわけには行かない深い事情があったのだ。
 たとえ嘘で塗り固められたデッチ上げであったとしても、イスラエルたちは完全にエジプトを忘れ去ることはできなかった。民族の始まりを語るには「創世記」だけでは不足だったのだ。どうしても「出エジプト記」が必要であった。その信仰ゆえに忌むべき者と蔑まれ追放されたイスラエルたちは、その信仰ゆえに神に選ばれ信仰を守るためにエジプト人たちを皆殺しにして脱出してきたのだと、民族の記憶を書き換える必要があった。ユダヤ人の伝承に一貫して流れているのはエジプトに対する激越なまでの愛慕と憎悪とであるが、以上のような事情を踏まえてみれば、彼らを襲った悲劇と共にその愛憎のほども、少しは理解できるような気がする。
 「イスラエル」とは古代社会において前代未聞の新興宗教信者に対する集団名称であったが、これを彼らは「神」(エル)とさえ「競う」(イスラ)者と解して自らの出自を湖塗した。また、ヘブライ人の「ヘブライ」とは、河を「超えてやって来る」余所者を意味したが、なぜ態々遠くからやって来るのかといえば、強盗略奪殺戮を恣にするためであって、その原形「ヒブル」と「イブリ」はアマルナ文書に頻出するならず者集団「ハビル」「アビル」とは同じ根から出た同義語である。
 エジプトから追放されたイスラエルたちは、明らかにナイル河という川を「越えてやって来た」人々であったのだが、また史実を湖塗しヘブライ人とはユフラテ河を超えてやって来たのだとされる。
 イスラエルはヒッタイトと対峙する最前線基地があったガザのさらに前方のカナンに、いわば屯田兵のような形で追放されたのだが、その荒蕪の地をイスラエルたちは聖都アケトアテンを懐かしがりながら「乳と蜜の流れる」理想の楽園として描いている。神の約束の地が戦闘と殺戮の絶え間ない荒蕪の地であることには、さすがに絶えられなかったからであろう。
 いわゆるモーセ五書と総称されているユダヤ伝承が纏められたのはカナンからさらに強制連行されたバビロンにおいてであった。彼らを強制連行した新バビロニアはやがて滅び、すぐにもカナンに戻してもらえるだろうと楽観論を吹聴する多くの預言者たちの中で、エレミアとエゼキエルだけが戒めの言葉を説きつづけた。そのエレミアが民族の伝承を捻曲げた書記たちを糾弾している。

 どうしてお前たちは言えようか、「我々は賢者と言われる者で、主の律法を持っている」と。
 まことに見よ、書記が偽る筆をもって書き、それを偽りとしたのだ。

 かくて国外追放された賎民たちが、「神の選民」となったのだった。 (つづく)