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 ゾロアスターの活動舞台はツランの地だった
            (世界戦略情報「みち」平成24年(2672)3月15日第356号)


●前稿の末尾に、イラン最古の文献である『アヴェスター』にツランが出てくることを紹介したが、実はここだと分かるまでに相当長い間探していて見つからなかったものが、嬉しいことにやっと見つかったのだ。伊藤義教氏の翻訳が『世界古典文学全集3ヴェーダ・アヴェスター』(筑摩書房、昭和四二年刊)の中に収録されているが、その三四九頁下段に出てくる。
「ヤスナ書」第四六章一二節の全文はさほど長くない。

 トゥランびとフルヤーナの喧伝さるべき世嗣(よつぎ)や孫たちのあいだに、アールマティに付属する庶類を熱心に栄えさせるものたちが、天則のおかげで、興起したので、彼らに助力するために示現しようとして、マズダー=アフラは、彼らを、ウォフ・マナフに[慫慂され]て、引見し給うた。

 前後にツランに関係するような言及はないので、ここになぜ「ツランびと」が出てくるのか不思議である。しかも、ほとんどの場合はイランに敵対する勢力として描かれるのに、何とここでは最高神マズダー=アフラがツラン人を助力するために彼らの前に示現した、と述べられている。これまた不思議な記述である。
●思うにこれは、ゾロアスター教開祖とされるゾロアスターその人が後世に一般的国民感情というべきようなものになるツランへの敵意とほとんど無縁だったからではなかろうか。ゾロアスターの活動舞台は今日のイラン中央部と言うよりむしろ、西アフガニスタンから東イランをかすめてトルクメニスタンに至る地域、すなわちツランの地の南部を中心とすると伊藤義教氏は唱えている。アヴェスター語がイランのどこの方言であるかを説く中で、伊藤氏はこう言っている。

 筆者は東イラン方言の一つ、それもしぼれば、西アフガニスタン、東イラン、トルクメニスタン共和国の接壌地域一帯がアヴェスター語のコア「核」であったのではないかと、現在考えている。……
 では、そのコアはどういう意味をもっているかというと、筆者現在の考え方では、それをゾロアストラ(ザラスシュトラ)の活動地域と結びつけ、またその地を、彼が述作に使用した用語を理解しえた地域の一つと見做そうとするのである。(同書四一九頁、解説)

 伊藤氏がゾロアスターの活動中心地と考える地域は、ツラン南部を大きく含む、いわばツランの地であったと言ってよい。ただし、アヴェスター語は動詞・名詞が複雑に活用する屈折語の一つであり、膠着語を基本とするツラン語とは大きく異なっているから、ゾロアスターの説教を聞いて理解した人々がツラン人だったとは考えにくい。ただ、説教の場はツランの地だった。
●想像を逞しくすれば、東大寺お水取り行事のような、わが国に広く浸透している火を尊ぶ風習も、ゾロアスター以前からのツラン文明に淵源するもので、これを開祖がゾロアスター教の中に採り入れる一方、わが国ではツラン同族共通の風習として古来より連綿と伝わってきたのではないか、とも考えられるのだ。
 いずれにせよ、アヴェスターの中に「ツランびと」が登場することを確認できたのは大きな前進であった。また、ゾロアスターの活動の舞台がツランの地であったかも知れないとの伊藤氏の指摘は、想像の翼をさらに飛翔させてくれるものである。