みょうがの旅    索引 

                      

昭和二一年正月「年頭の詔書」は「現御神宣言」だった                (世界戦略情報「みち」平成25年(2673)10月1日第390号) 

●もう一つ、看過してはならない重大なことを『神やぶれたまはず』は指摘している。大東亜戦争敗戦の翌年である昭和二一年一月一日に発せられた「年頭の詔書」の内容について、世間一般にはいわゆる「人間宣言」だと受け止められ、今ではこちらの通称の方が罷り通っているが、長谷川さんはその「年頭の詔書」を「人間宣言」と俗称するのは間違いだと断言するのである。
 この詔書が「人間宣言」と誤って呼ばれるようになった経緯を長谷川さんはまず述べて、次のように分析する。

 いはゆる「人間宣言」と俗称される、昭和二十一年元旦の詔書は、正式には「新日本建設ニ関スル詔書」といひ、冒頭にまづ明治天皇の発せられた「五箇條の御誓文」を引いて、この御趣旨にのっとり、戦災からの復興をなしとげてゆかう、と国民を励まし勇気づけてゐる詔書である。ただ、その後半の部分には次のような一節があり、それが「人間宣言」の呼び名のもととなつてゐる。
「朕(ちん)ト爾等国民(なんじらこくみん)トノ間ノ(あいだ)紐帯ハ(ちゆうたい)、終始(しゆうし)相互(そうご)ノ信頼(しんらい)ト敬愛(けいあい)トニ依(よ)リテ結(むす)バレ、単(たん)ナル神話(しんわ)ト伝説(でんせつ)トニ依(よ)リテ生ゼ(しよう)ルモノニ非(あら)ズ。天皇(てんのう)ヲ現御神(あきつみかみ)トシ、且(かつ)日本(にほん)国民(こくみん)ヲ以(もつ)テ他(た)ノ民族(みんぞく)ニ優越(ゆうえつ)セル民族(みんぞく)ニシテ、延(ひい)テ世界(せかい)ヲ支配(しはい)スベキ運命(うんめい)ヲ有(ゆう)スルトノ架空(かくう)ナル観念(かんねん)ニ基ク(もとづ)モノニ非(あら)ズ」
「英霊ノ聲」にも、この一節が丸ごと引かれて、英霊、神霊たちの悲憤の源として示されてゐる。
 ただしこの一節自体は、全体としては、さほど見当はづれの内容ではない。たとへば、わが国はたしかに、西洋諸国のやうに君民対立の基本構造によつてなり立つてゐるのではなく、愛民といふことを核として「終始相互ノ信頼ト敬愛トニ依リテ」なり立つてきた。そのことについては何の異論もありえない。また、ここに言はれるやうな選民思想や世界制覇の野望が、わが国にとつて「架空ナル観念」であることは言ふまでもない事実であつて、戦時中のあの「八紘一宇」いふ標語も、世界全体が一家族のごとくに調和しむつみ合ふ理想を表現してゐたにすぎないのである。
 この一節の最大の問題点は、「天皇ヲ以テ現御神トシ」といふことを「架空ナル観念」としてしまつたところにある。これは明らかにわが国の精神史上の事実と異なつてをり、ただ端的に「誤り」と評すべき記述である。(一八九~一九〇頁)

●では、なにゆえに厳正正確であるべき天皇陛下の詔勅に「誤り」が混入してしまったかといえば、当時日本が外国軍によって占領されていたという特殊な事情があったからである。占領者は国家神道が「戦時中の日本人の精神的支柱をなしてゐた」と見なして、その徹底的な解体を占領政策の筆頭に掲げ、まず昭和二〇年一二月一五日いわゆる「神道指令」(国家神道、神社神道ニ対スル政府ノ保証、支援、保全、監督並ニ弘布ノ廃止ニ関スル件)なる覚書を日本政府に発したのを手始めとして、第二弾には天皇自身による神格の否定を目論んだのである。
 天皇自身による神格の否定は、在日占領軍GHQによって無理矢理強いられたわけではない。占領者はそういう意図をただ洩らしただけだ。すると、敵の意を察して迎えるに敏なる日本人が自発的に詔書を起草して、昭和二〇年元旦、自発的に発したことになっている。しかし、そういう体裁を取り繕っただけで事実上は強制と何ら変わらない。なぜなら、日本側に提示された詔書の「英文草案」(!)なるものが残っているからである。
●およそ天皇の詔書にあるまじき異様な文体の個所は英文草案の翻訳だった。天皇に自らの神格を否定し「人間宣言」をさせたかった占領者の意向に沿った英文草案では、問題の「天皇ヲ現御神(あきつみかみ)トシ、……トノ架空ナル観念」という部分は「the false conception that the Emperor is divine」となっていた。この翻訳について長谷川さんはこう述べている。

 ……divineとは、大原氏の指摘によれば[大原康男『現御神考試論』]、人間とは隔絶した神概念をあらはす言葉であり、キリスト教的絶対神を前提として使われる言葉だといふ。ところがそれを、秘書官福島は「現御神」と訳してしまつた。まさに「神をゴッドと誤訳」するといふ誤りを裏返したかたちで繰り返してしまつたわけであり、この「誤訳」によつて、この詔書草案は、占領者たちの誤解を解くどころか、ただ端的に日本本来の天皇の在り方を否定したものとなつてしまつたのである。
 ただしこれは、秘書官ひとりの罪とばかりは言ひきれない。そもそも幣原が、「神格」とも訳しうるdivineなどといふまぎらはしい語を使はずthe Almighty あるひはGod とでも書いておけば誤訳はありえなかつたのだし、また、ふつうならばこの草案は閣議にかけられ、その場でただちにこの誤りは正されてゐたはずである。しかしこのとき、この草案はそのまゝ陛下に捧呈されてしまつた。(一九四~一九五頁)

 ここはやや分かりづらいので簡単にいうと、英文草稿を中学生が直訳するように「神聖なるもの」とでも訳しておけば、「あなた方が神聖だと思つている神などではありませんよ」という意味になって、占領軍の意向には充分応えることになったはずなのである。それを日本人が天皇に抱いてきた伝統的な「現御神(あきつみかみ)」などという言葉をわざわざ引っ張り出してきたものだから、天皇が天皇であることを自ら否定するという占領軍さえ望まなかったとんでもない翻訳になったのだ。わが国における天皇陛下のありようは、どだい、外国語の翻訳などで伝えうるものではないのであり、逆も真なのである。
●注目すべきは、このときの言語道断というべき事態に対処された陛下の態度である。長谷川さんはこのように推測する。

 ご覧になつた陛下が、ただちにこの重大な誤りに気づかれたことは間違ひない。「五箇條の御誓文」の追加記載のご指示があつた、といふことがそれを示してゐる。
 ごく普通に考へれば、誤りが見つかればその訂正をご指示になればよい、と思はれるであらう。しかし、明治以来、天皇は臣下の提出した法案や文書に拒否(ベトー)をしてはならぬ、といふことが確立された慣習となつてゐた。「五箇條の御誓文」の追加記載のご指示は、その慣習に抵触しないぎりぎりの形による実質的拒否(ベトー)──あの致命的誤りを帳消しにし、無力化しうる唯一の策──だつたと理解すべきであらう。(一九五頁)

 昭和天皇が提出された勅語草案に対して重大なその誤りを具体的には指摘されず、「五箇條の御誓文を加えよ」とだけ指示されたことが一体どういう意味をもつのか、それを長谷川さんが解説してくれる。

 したがつて、「五箇條の御誓文」を詔書の冒頭にかかげ、自らもこの明治大帝のご趣旨にのつとつて新日本の建設につとめたい、と宣言することはどういふ意味をもつのかと言へば、(遠く神々を祖先としていただき、その遺訓を柱として政(まつりごと)を行ふ)「現御神」といふ在り方は、明治大帝の在り方でもあり、また自らの在り方でもある、と宣言してゐるにひとしい。これは「人間宣言」ではない。まさに「現御神宣言」なのである。(一九六頁)

 ここでもまた、あのポツダム宣言受諾の可否を決める最終御前会議の時のように、占領軍が突き付けた難題に窮して時の内閣が冒した致命的誤りを、それとして指摘せず、まったく次元の異なる仕方で誤りを誤りでなくしてしまうという、まさに神格ならでは不可能なほどの、卓越した対処を示されたのである。すなわちこのときもまた、國體の危機に際して昭和天皇が卓抜な対処を示して日本を救われたのだ、と言えるだろう。
●想うに、われわれ日本人は何という信薄き民族であることか! 敗戦と外国軍占領という古今未曾有の危機に際し天皇陛下の御聖断如何によっては日本という国家も日本人という民族もこの地上から消えていたかも知れないのに、一度ならず二度までも天皇陛下に救われながら、少しも陛下の意中を察することなく、占領者に「人間宣言」を強いられてもそれを神々に誓う「現御神宣言」へと高められた神格のお振舞いを理解するどころか、かえって「などてスメロギは人となり給いしか」などと咒詛の言葉を繰り返している。
 戦後六八年、あの敗戦と占領の危機に際し、昭和天皇が近代天皇制という雁字搦めの規制の中、ギリギリの土壇場で示された御聖断によって「奇跡」が起き、われわれは新たな「神」を得て、日本国も日本人も今日あるのだということを、日本がそういう天皇陛下を戴く国家であることの不思議を、改めて胸の底に思いめぐらすのである。